◯『絵本西川東童』西川自得叟祐信画 延享三年(1746)刊
覗き機関(のぞきからくり)(国文学研究資料館・新日本古典藉総合データベース画像)
〝のぞき 梅が香や千畳敷を箱のうち
大坂あづま 京(ママ)やの傾城 山本ノ与次右衛門妻と成〟〈「京」は「藤」の誤植か〉
(子供たちに見せている演目が「おそめ/久まつ 心中大からくり」)
〈「お染久松」は覗き機関(カラクリ)の代表的な演目の一つ。このからくりと、摂津山本村の与次右衛門が大坂新町藤屋の
太夫吾妻を身請けする周知の巷談とがどう関係しているのか分からない〉
◯『浮世くらべ』風落着山人左角斎述 迷歩屋茶良板 安永三年(1774)〔国書DB〕
(覗きからくりの口上)
〝のぞき
遙か向ふに ふさんかゐの港 千里か竹 此細工にも御目止りますれば 次ぎは御当所 両国橋夕すゞ
みの体を御覧に入ます 遥か北の方にあたつて見へますが 筑波山 浅草観音五重の塔 御蔵前出張り
の松 椎の木やしき 駒止橋 まつた此方たに見へますは 回向院の本堂 前は淡雪なら茶の見世 向
ふに見ゆるが新大橋 前なる橋が両国橋 五十嵐の油廛(みせ) 竹細工にも御目が止りますれば 夜分
のこらず火をてんじ 御覧に入ます 数万の提灯行灯(あんどう)に 火のとぼりましたるけしき ナン
トどふで御座ります 扨(さて)川中には屋根舟やかた打交じりてさわぎの体 仙台河岸には仙台陸奥様
の御花火 雲にかゝりし大細工 此義も御目に止りますれば 御名残惜うは御座りますれど 前々の御
かた様へは御いとまだい ナント四文が物は御坐りま◎うがナ やすいものジヤ〟
〈下掲朝倉無声は「ふさんかゐ」を「釜山海」とする。千里が竹は『国姓爺合戦』の明国。異国の景や江戸の両国界隈、
昼夜の景を見せているのだろう〉
(『此花』第十九号(大正3年(1914)4月刊)「浮絵考」無声記)
〈「浮絵 紅毛(オランダ)フランカイ◯(ミナト)万里鐘響図」という作品がある。この口上の「ふさんかゐの港」とは或いは「フ
ランカイの◯(ミナト)ではあるまいか。本HP「浮世絵事典」【う】の「浮絵目録」参照〉
〝のぞき
三味線に合せ人形のはたらき おちよ半兵衛が道行じや 哥祭文浮き名の初夢 サア始まりじや てて
ん/\/\ ツンツツン チヤン/\ イヤア 哥さいもん
〽たどり行く 雨のさしかさ手もたゆく おち葉の處にそでしほる とある屋形にたどり着き 賤の女
立出それよりも 能きにいたはり申つく いざこなたへと奥座敷 こよひの雨の淋しさに それ一ッ
曲と 染市が弾く三味線のはやり歌 きみは三味線糸よりやつれて おせ◎◎もはや御かまいやるな
と我は一間にてん小ぞう 半兵衛おちよを負いて行けば ほどなく大山のふもとにこそは着きにけれ
アラヽおそろしや まゝ母はたちまち鬼女とあらはれ 引さきすてと飛かゝる
三味線と哥に合せ 人形の目遣まで御目をとめられ御ろうじませ サア始りはまけじや/\〟
〈歌祭文「お千代半兵衛」。人形からくりの道行き〉
☆ 天明二年(1782)
◯『風雷神天狗落種』黄表紙題簽(北尾政美画 芝全交作 天明二年刊)
覗き機関(のぞきからくり) 北尾政美画 (国書データベース)
☆ 元治元年(1864)
◯『昔噺誉の達贔負』合巻見返(一恵斎芳幾画 藤本吐蚊作 元治元年刊)
覗き機関(のぞきからくり) 梅恵筆 (国書データベース)
◯『近世風俗史』(『守貞謾稿』)後集 巻之二「雑劇補」⑤195
(喜田川季荘編・天保八年(1837)~嘉永六年(1853)成立)
〝覗機関
のぞきからくりと訓ず。京坂にては下略してのぞきと云ひ、江戸にては上略してからくりと云ふ。
三都ともも。神祭の日あるひは諸仏の縁日には、社頭および寺院の境内。その他往来繁き路傍に荷ひ出
し、児童にこれを観せて銭をとる。
下図のごとく、正面の絵は看板と云ひて代へることなし。背に紙張りの箱ありて、この中に絵五、六枚
を釣り、左右二人各互に演説し、前の絵より次第に紐をもつて引き上げ、次の絵を見せるなり。
前の腰に数ヶの穴あり。穴には硝子を張りたり。この穴より覗き観るなり。江戸にては四銭也。稀には
八文の物もあり。
覗機関の絵に専らとするものは。お七吉三恋緋桜・お染久松妹背門松・お半長右衛門桂川恋柵・石川五
右衛門釜ヶ淵・女盗賊三島お仙・忠臣蔵〟
◯『増訂武江年表』2p244(斎藤月岑著・明治十一年成稿)
(明治五年・1872)
〝所々に西洋画の覗きからくりを造り設け、見物を招く。夏の頃より浅草寺奥山花屋敷の脇に始まる。
夫れより続いて出来る。(以下、設置場所の記事あり。省略)〟
◯『絵本風俗往来』上編 菊池貴一郎(四世広重)著 東陽堂 明治三十八年(1905)十二月刊
(国立国会図書館デジタルコレクション)(62/98コマ)
〝六月 からくり
覗きからくりは近年迄流行(はやり)しなり、此のからくりの外題は八百屋お七・小栗判官一代記・源頼
光大江山入等は、実に評判高かりしものなり、此等を調子面白く口述(しやべり)て、覗きし箱の内なる
画をかへて見せたるまゝ、児童男女を別(わか)たず覗きて楽しむ、画(ゑ)風もまた幼稚の好めるやう、
色どりて画がきたり
からくり年中来たり、夏にのみ来たるものにてあらざれども、暫く夏の部をかりて出すものとす、縁
日又は祭礼の場所などには幾つとなく並び居て覗かするなり〟