◯『増訂武江年表』2p80(斎藤月岑著・嘉永元年脱稿・同三年刊)
(文政年間・1818~1829)
〝和国橋のほとり新材木町に、二十三屋といへる櫛やあり。いつの頃よりか唐櫛(トウグシ)といふ物を作り
て商ひ始めける。十九四(トウグシ)といへる字謎にて、合すれば二十三となる故、二十三屋とよびける。
この家久しく相続しけるが、文政にいたり絶えたり〟
◯『藤岡屋日記 第三巻』③77(藤岡屋由蔵・弘化三年(1846)記)
〝新板伊予節葉うた
〽廿八文がらくた見世よ、臼にひよつとこいぬはり子、〽太鼓三昧線千両箱から、まないたがら/\せ
ふの笛、ふらり/\と虎のくび、だるまニみゝづく般若面、〽大八牛の車にぐる/\まわるが風車、
かわしやんせ〟