◯『江戸名物百題狂歌集』文々舎蟹子丸撰 岳亭画(江戸後期刊)
(ARC古典籍ポータルデータベース画像)〈選者葛飾蟹子丸は天保八年(1837)没〉
〝蜆
隅田つゝみ小町さくらの花見づれ業平しゞみいざ土産にせん
来て出ませ乳母がざいこの田舎味噌業平しゞみいいざ汁にせん
出あふてよきそなりひら蜆にぞ酒もむかしのをとこ山なり
大江戸へあづま下りの客人にみそにして出すなりひらしゞみ
俵つむ御蔵しゞみの升売はやすう世渡るはかりことなり
角田川遠くもきぬる旅人は業平しゞみ登るなるらん
その心あまりて言葉たらぬ子がめせとすゝむるなりひらしゞみ
都人いざことゝはんなりひらにつゞくしゞみはありやなしやと
〈『伊勢物語』九段「東下り」「名にし負はばいざこと問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと」を踏まえる〉
かきつばた咲ける流につゞくらしゆかりのいろのなりひらしゞみ
白味そか何ぞと客の問ひしとき露とこたへんなりひら蜆
〈『伊勢物語』六段「芥川」「白玉か何ぞ人の問ひしとき露と答へて~」を踏まえる〉
香の残る花やしゞみは業平のかほよ花にも似たるいろかな
香をとめし梅見の袖の色なくてにほひのこれるなりひらしゞみ
河内山越ゆく旅の根ざしのさやにぬらばやなりひらしゞみ
亀井戸の業平しゞみ出す茶やの女に言葉たらはぬはなし
いくとしを泥のそみけん色くろきむかし男のなりひらしゞみ
業平の蜆のしるにくむ酒も詞たらざるほどに酔ひけり
なりひらの土産のしゞみのから衣これに三河の落し味噌かな
はらからの名にこそよれり汁たてる行平鍋の業平しゞみ
うら若みねよげにみゆる娵菜をもそへて売ばや業平蜆〟
〈本所 業平蜆 亀井戸の茶屋〉