Top浮世絵文献資料館浮世絵師総覧
 
☆ なまずえ 鯰絵浮世絵事典
 ◯『増補 私の見た明治文壇2』「仮名反故」2p269   (野崎左文編・原本明治二十八年(1895)成立・底本2007年〔平凡社・東洋文庫本〕)   〝(安政二年(1855)十月二日、大地震)    斯る時にも素早きは際物師の常とて翌早朝一人の書肆(*仮名垣魯文方へ)来り何ぞ地震の趣向にて一    枚摺の原稿を書いて貰ひたしと頼みければ、魯文は露店にて立ながら筆を取りての老松といへる趣向    を附け折よく来合せたる画師狂斎【後ち猩々暁斎と改む、通姓川鍋洞郁】に魯文下画(シタヱ)の儘を描か    せて売出せしに此錦絵大評判となりて売れること数千枚、他の書肆よりも続いて種々の注文ありて魯文    は五六日の間地震当込(アテコ)み錦絵の草稿を書くこと二三十枚に及び皆売口よくして鯰の為めに思はぬ    潤ひを得たりと云ふ、左に掲ぐるものも亦当時魯文翁の作りし戯文の一なり其絵は七代目団十郎柿の素    袍大太刀にて足下に鯰坊主を踏まへ要石にて其首を押へ附けし形ちにして歌川豊国の筆なり〟