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浮世絵文献資料館
浮世絵師総覧
☆ なかむら かんざぶろう 中村 勘三郎 十一代目
浮世絵事典
☆ 文化元年(1804) ◯『街談文々集要』p25(石塚豊芥子編・文化年間記事・万延元年(1860)序) (文化元年(1804)「寿支干四」) 〝文化元甲子四月廿日より、堺町狂言座中村勘三郎芝居、起原は寛永元甲子なり【貞享元甲子/延享元年 甲子】此の度四度目の支干に相当り、年暦一百八十有一年永続の寿として、元祖勘三郎道順被勤し狂言 ノ内、猿若・太平綱引・新発太鼓・門松、右狂言三ヶ日の間興行の由ヲ摺物にものして、江戸中ぇ配る、 又元祖より伝来の宝物を舞台におゐて披露す、此口上は代々市川団十郎相述る、当時五代目市川蝦蔵 【俳名白猿】隠居致し居、七代目団十郎いまだ幼年といへ共、御披露の口上相勤、又座頭板東三津五郎 罷出、とも/\口上を述る、引幕柿色、寿と云文字白上り、紋処舞鶴、鼠色の仕立、寛永元甲子歳、中 橋ニおゐて始て芝居興行、当文化元甲子年迄、及百八十一年。 (舞台で披露された元祖猿若勘三郎拝領の品の記事あり、略) 寿きや十一代の家ざくら 十一代目勘三郎 うちつゞく家を継穂や花の枝 明石 賀章 茂山をいくつ越けんほとゝぎす 三升 わざおぎの本卦がへりや辻が華 白猿 右すり物に載せし句なり〟