◯『増訂武江年表』1p101(斎藤月岑著・嘉永元年脱稿・同三年刊)
(寛延二年(1749)記事)
〝此年、雑司谷鬼子母神境内に孝女久米といへるもの、麦藁にて作りたる角兵衛獅子を売り始む〟
◯『江戸塵拾』〔燕石〕⑤390(蘭室主人・明和四年(1767)序)
〝富士祭の蛇
駒込富士権現祭礼、六月朔日、麦藁にて蛇を作りてあきなふ事、宝永の頃、百姓喜八といふ者、風と案
じ付て、是をつくりて、祭礼の日市に売るに、珍敷細工なりとて諸人之を求む、其年の秋、江戸中、疫
癘時花(ハヤル)事家々なり、其時、此ふじの蛇を持ちたる家には、一軒も疫癘のうれひなし、是より、富
士祭りの麦わら蛇はやりて、今当初の名産となれり〟
◯『増訂武江年表』1p115(斎藤月岑著・嘉永元年脱稿・同三年刊)
〝宝永中疫病はやりし頃、駒込の百姓喜八といふもの、麦藁の蛇を作り、駒込富士の市に売りけるが、求
め帰りしもの疫病の患をのがれしより、後富士参りの方物(ミヤゲ)となれり。此の時代近辺の童子髪を乱
して詣でけるとぞ〟
◯「行楽の江戸」淡島寒月著(『新公論』第三十二巻 第一号 大正六年一月)
(『梵雲庵雑話』岩浪文庫本 p95)
〝五月晦日から六月朔日にかけては、虫除けの呪禁(まじない)だといって、浅草の富士横町で麦稈(むぎ
わら)細工の蛇を買って来て、井戸側や水瓶に飾ったものである〟