◯『江戸名物百題狂歌集』文々舎蟹子丸撰 岳亭画(江戸後期刊)
(ARC古典籍ポータルデータベース画像)〈選者葛飾蟹子丸は天保八年(1837)没〉
〝紅葉
海晏寺もみぢにつゝく山の末北はひが久保西はひもんや
ぬさにせし神の縁日ともみぢ葉のひら川さしていそぐ植木や
隅田つゝみ夕日にてらすもみぢはは江戸むらさきの下染のいろ
客を呼もみぢのひてりつゝきてや茶の水つきる隅田のかけ茶や
片時雨夕日のかげの筋違を出て上野のもみぢ見にゆく
玉琴をしらべる松にうつくしきまくら糸見る暮のもみぢ葉
下水を赤くなしけり立田姫もみぢ葉染る筆やあらひて
はらばひて岩やまくらへなしつらん耳より赤くなりしもみぢば
時雨ふる秋葉のもみぢ色こくてすねたやうなる白髯の松
姫松の顔にもみぢやちらすらん山の裙をもまくるあき風
大江山鬼なきのちも生酔の顔にしちほのたるゝもみぢ葉
家つとにかざすもみぢの一枝は故郷へかへるにしきなるらん
その色にそまでつれなき男松もみぢは赤きこゝろ見せても
指に似しもみぢ見よとて真間の里手児名の神は程ぞ遠けれ
立田姫山の時雨の片寝にや耳よりいろを染るもみぢ葉
紅葉やもみぢ袋も正燈寺ちりてながるゝ田川屋の風呂
〈隅田堤 掛け茶屋 上野 立田姫 秋葉・白髭社 真間の手古奈 正燈寺 田川屋〉
◯『絵本風俗往来』中編 菊池貴一郎(四世広重)著 東陽堂 明治三十八年(1905)十二月刊
(国立国会図書館デジタルコレクション)(63/133コマ)
〝十月 紅葉狩
紅葉狩するものは詩歌人・書画家・俳句連句の宗匠・医家及び寺僧・御茶道方並びに武家方は四十以上
の士に多し、紅葉に聞へたる土地は、上野東叡山々中、谷中天王寺、滝の川、根岸権現の境内、品川東
禅寺、高田穴八幡宮境裏、大塚護国寺山中、大久保西向天満宮地内、角筈十二所権現社地、目黒祐天寺、
芝増上寺、弁才天池辺、鮫洲海晏寺、目黒瀧泉寺、浅草観音奥山、近き頃、染井植木屋百種の楓木を植
え付けたり、また浅草三谷堀なる名妓おなほなる者、綾瀬辺より橋場へかけ幾千本の楓樹を植え付け、
春の花は従来ありしも、秋の詠めに乏しとて、此の挙に及びしも惜しい哉、地味に適せざりしか、皆枯
れ果てたり、其の碑文の石も立ちしが、今の碑の跡さへ止めず、又右にあげたる江府楓樹の名所も、今
日は其の風情、皆昔時と相違せること実に甚だし、紅葉は立冬より七八日目ごろより見所となる
白膠木は赤坂溜池の洲、三田小山の坂の辺、芝赤羽根河の岸等とす、立冬より六七日目の頃楓紅に先だ
ちて染め出せり〟