☆ 明和六年(1767)
筆禍『明和妓鑑』(名鑑)
処分内容 発禁
◎作者 淡海三麿(栗本兵庫)流罪(遠島)◎画工 勝川春章(記載なし)
◎板元 伏見屋(記載なし)
処分理由 役者評判記を武鑑に擬えたこと
◯「明和妓鑑」(宮武外骨著『筆禍史』p66)
〝太(ママ)田南畝(蜀山人)の随筆『半日閑話』明和六年の條に「十月、此節役者評判記を武鑑になぞらへ
て梓行す、明和妓鑑と名づく、公より是を禁ず、実は塗師方棟梁栗本兵庫の作、手代かはりて遠島せら
るといふ」とある、是は江戸三座と称せられた中村座、市村座、森田座の役者及び狂言作者、囃子方、
芝居茶屋等を武鑑に擬して著作したのを、幕府では、河原乞食の事を天下鎮撫の武家に擬して述作する
などは、公儀を畏れない不届至極の者なりとあつて、出版即時に発売禁止を命じ、作者淡海の三麿とは
何者かと糾問し、実は栗本兵庫の著作なれども、手代何某主人に代つて其罪を受ける事になり、その何
某が遠島流刑に処せられたと云ふ事である、此『明和武鑑』といふのは、半紙四ッ折の小形本であつて、
総数七十四枚ある、画者の名は署して無いが、勝川春章の筆らしい云々(此花)
〔頭注〕明和妓鑑と勝川春章
(*序文あり、省略)著者淡海三麿の長き序あり、此序の文字も浮世絵師勝川春章の筆蹟に似たり、挿
画と共に此序もかきしなるべし
明和妓鑑の版元は 本町四丁目 書栄堂 伏見屋清兵衛〟
『明和伎鑑』 淡海三麿著・勝川春章画?(東京大学付属図書館・電子版「霞亭文庫」)
〈『明和妓鑑』の罪状は、被差別民の役者を武家のように見なして、役者評判記を武鑑に擬えたという点にある。挿絵
を担当したとされる勝川春章の図様が問題視されたわけではない。なお、大田南畝の『半日閑話』明和六年の條には
『明和伎鑑』に先だって「六月、此節娘評判甚しく、評判記など写本にて出る。よみ売歌仙などにしてうりあるく。
公より是を禁ず」とあるから、このころ娘の評判記が盛んに持てはやされたようだ〉
<参考史料>
◯『半日閑話』巻12〔南畝〕⑩340(大田南畝記・明和六年十月記事)
〝此節役者評判記を武鑑になぞらへて梓行す。明和伎鑑と名づく。公より是を禁ず【実は塗師方棟梁栗本
兵庫作。手代代りて遠島せらると云。淡海三麿】〟