◯『絵本風俗往来』菊池貴一郎(四世広重)著 東陽堂 明治三十八年(1905)十二月刊
(国立国会図書館デジタルコレクション)(15/98コマ)
◇上編 正月之部 万歳
〝万歳は三河国より東都へ来り、家々の睦まじきを寿(こと)ぶく、各自(めい/\)諸家の御出入りあり、
猶(なほ)神家仏寺へも至る、万歳寿ぶき歌をうたひ舞ふ間に、従ふ所の才蔵は戯(たは)むれて、見る
所の婦女をして、高き笑声を発せしむ、又門(かど)万歳といふありて、家々の門戸に立て投銭を貰ふ
あり、こは全くの三河万歳にあらず、別者なり〟
◇中編 万歳(15/133コマ)
〝万歳は三河国より年々正月迄に江府(えど)に着す、諸侯幷旗本の邸へ罷り出で、新年の目出度を祝し、
つゝみを打ち鳴らして万歳歌をうたひて舞ふ、舞酣(たけなは)なる時、供の才蔵立ち上り、戯れて老
若の別なく、座中をして大笑を発せしむ、此の才蔵の技倆は自(おのず)から別なり、先ず才蔵は遠国
山だしの容貌を備へ、愚かに見へて痴鈍ならず、好色に見へて好色ならず、武骨中に愛嬌を含み、飽
まで質朴なるをよしとす、されば旗本屋敷の女中等恐れ憎みても面白く、其の戯れを興として万歳才
蔵の来るを楽む、是才蔵の技倆による、故(かゝるがゆえ)に其れ以前は才蔵市ありて、万歳の大夫・
才蔵を撰び抱へしとなり、但し門万歳とて、町家の軒下へ来り銭を乞あるく万歳は、諸家の奥へ上る
万歳とは別なり〟