◯『浪華百事談』〔新燕石〕②228(著者未詳・明治二十五~八年頃記)
(天保十四年(1843)頃の記事)
〝首ふり芝居、浄瑠りの文句に合せ、小供役者が詞を発せず、身ぶりして狂言をする物の名にて、今も時
々興行せること有れ共、此所の鰻谷の浜の小家にて興行せしものは又異にして、役者皆面をかむりて芸
をなし、始て興行せしは、猿ヶ島の敵討にて、其次の興行は浦島一代記なり、尤も、是は浄るり芝居も
人形入にて、興行を従前の如くせし時なり〟
〈これらの見世物は天保十四年頃の大坂西横堀下流新築地で興行されたもの〉