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☆ きょうかぼんしゅっぱん 狂歌本出版浮世絵事典
   ◯『浮世絵』第九号(酒井庄吉編 浮世絵社 大正五年(1916)二月刊)   (国立国会図書館デジタルコレクション)   ◇「広重晩年の狂歌絵本「上」」小島烏水   〝(前略)一つの狂歌本を作るまでには、先づ広告代(がわ)りに「散らし」を配る、その散らしが、美濃紙、    又は奉書の立派な紙に、芝居の狂言外題、又は点数に依つて角力の番付めいたものや、或は金銀の箔を    摺り入れた、錦絵風のものを作り、或は社中、狂歌師の住居を地図に書き入れてまで、配付する、さう    して入花料を決め賞品を広告し、歌の投書処などを指定してゐる。    (『歌江都花日千両』三冊(天明老人撰 国芳・豊国・広重画 嘉永六年~安政元年刊)の場合)     この本を出板するに就いては、毎月二十日迄に、狂歌の投稿を締め切り、翌月の十六日に、日本橋万    町の柏木で開巻したもので、連月一題に就き、判者四人が評し、一評十点以上、もしくは合評して二十    五点以上に登つたものは出板本に載せ、再考を経たものは、特に彩色画上にしるすことにして、入花料    は六首一組で三百文、他人の歌を替歌に、もぢつたものは五十文(凡て何百文、何十文といふのを嫌つ    て、何十穴、何百穴とひねつてある)尤も歌に添えて現金を送らないものは「不浮流ながら御断申上候」    と記してある、歌の投寄処としては、長谷川町の春友亭、麹町平川天神前の楽月庵、赤坂の望止庵で、    狂歌師自身経営の貸席もあれば、茶亭や会席もある、地方からは駿府、上総の連中までが、補助として    加はつてゐる。催主の外に、書記、校合、後見まで、夫れ/\指定して、彩色奉書摺の美本に仕立て、    画の出来から言つても、一体に頽廃した江戸末期狂歌本の中では、先づ取り得のなるものと言つていい。    (後略)〟