☆ 文化十年(1813)
◯『豊芥子日記』石塚豊芥子記 文化十年記事(『近世風俗見聞集』第三 国書刊行会 1912年)
(国立国会図書館デジタルコレクション)
〝造菊看群衆
当秋鶏声ヶ窪より、巣鴨染井近辺の植木屋にて造物夥敷出来、都下は勿論在方の者までも、見物の群集、
本郷追分より駒込の通り 押合程の通行なり、此節『巣鴨名産菊の栞』と表題し出板せり
是は小本にて菊見分の順路をしるし、造り菊の画を書入、其上に山東京伝はじめ、戯作者連中の狂歌
発句と加ふ
此外、菊の番付数板だり、江戸中売歩行大評判なり(以下略)〟
〈以下、山東京伝・式亭三馬・三東京山・立川団州楼焉馬・徳亭三孝・曲亭馬琴の狂歌あり〉
◯『江戸名物百題狂歌集』文々舎蟹子丸撰 岳亭画(江戸後期刊)
(ARC古典籍ポータルデータベース画像)〈選者葛飾蟹子丸は天保八年(1837)没〉
〝菊
日をいとふ油さうしや燈台のもとでくらしのきくの掛茶屋
黄と白のまけ勝わかぬきく園に小蝶は目もとふさぎてぞゐる
ほめられてはつかしきにやかぶろ菊蝶の羽袖のかげにかくるゝ
菊の香に酔し小蝶も友とみんよろめく老の添竹のえだ
不二の山つくりし庭?の白きくも死なぬくすりの露を持そふ
さき揃ふきくの露をもなめやせん蝶は酔ふたるさまに飛かふ
千人の禿きくさくつきしまに入日をまねく蝶の羽つがひ
よしあるし愁るとても酒酌んこの銭きくのあらんかぎりは
さく菊のこかね白きく飛石に花のくらゐやすりつけるらん
庭守が小つかひとりにつくりけんこれもはしたの銭のきくのはな
長生の薬をなめてきく園の蝶も翁のひげや見すらん
〈掛け茶屋 小蝶 かむろ菊〉