☆ 明和年間(1764~1771)
◯『蛛の糸巻』〔燕石〕②281(山東京山著)
〝北廓にて娼家の富饒なりしは、明和年中には、大上総屋なり、あるじが俳名一麿といへり。浅草三社祭
礼ありし時、をさなき伜を大名の行列にいでたゝすとて、道具るゐのこらず新に作らせ、二日へり物に
いだしたる費え、三百余金なりしとぞ、此一事を以て、富饒をしるべし、此大名の真似したる伜おろか
なりしゆゑ、家次第に衰へて、家亡び、晩年剃髪して俳諧師となり、名を百路といひて、天明の頃、蔵
前辺に住し、富家の遊び坊主なりし、亡兄に俳諧の上の事など度々聞に来し(云々)〟
〈北廓は新吉原、亡兄は山東京伝〉