Top浮世絵文献資料館浮世絵師総覧
 
☆ かわりえ かはり絵(よせえ 寄せ絵)浮世絵事典
   ◯「読売新聞」(明治25年12月19日記事)〈(かな)は原文の振り仮名〉   〝歌川派の十元祖    此程歌川派の画工が三代目豊国の建碑に付て集会せし折、同派の画工中、世に元祖と称せらるゝものを    数(かぞへ)て、碑の裏に彫まんとし、いろ/\取調べて左の十人を得たり。尤も此十人ハ強ち発明者と    いふにハあらねど、其人の世に於て盛大となりたれバ斯くハ定めしなりと云ふ     凧絵の元祖 歌川国次  猪口絵元祖 歌川国得  刺子半纏同  同 国麿     はめ絵同  同 国清  びら絵同  同 国幸  輸出扇面絵同 同 国久・国孝     新聞挿絵同 同 芳幾  かはり絵同 同 芳ふじ さがし絵同  同 国益     道具絵同  同 国利    以上十人の内、芳幾・国利を除くの外、何れも故人をなりたるが中にも、国久・国孝両人が合同して絵    がける扇面絵の如きハ扇一面に人物五十乃至五百を列ねしものにして、頻りに欧米人の賞賛を受け、今    尚其遺物の花鳥絵行はるゝも、前者に比すれバ其出来雲泥の相違なりとて、海外の商売する者ハ太(い    た)く夫(か)の両人を尊び居れる由〟  ◯『古画備考』写本 五十巻 巻三十一(朝岡興禎他編・記載年月不明)   (国立国会図書館デジタルコレクション)(50巻〔30〕9/252コマ)   〝歌川派十元祖    変(カハリ)絵元祖 歌川芳藤〟    〈上掲「読売新聞」と同じ記事、かわり絵の部分のみ引く。全文は本HP「浮世絵師総覧 う」歌川派参照〉  ◯『浮世絵』第十四号 (酒井庄吉編 浮世絵社 大正五年(1916)七月刊)   (国立国会図書館デジタルコレクション)   ◇「芳藤の手遊絵と異(かは)り絵の価値」松村翠山(9/24コマ)   〝(前略)異り絵の一枚ものには本誌へ挿入した『猫の絵』『見立十一段加古川本蔵ンの御姿』『横浜誉    の勝負附』『宝船』『有封絵(うけゑ)の藤娘』『同(おなじく)ふの字尽宝の持込』『麻疹(はしか)送出    し』『麻疹禁忌(いましめ)』等は最も珍なるもので、『五十三次猫の怪』『唐の児が寄り固まつて人と    なる』の二種は色彩の工合図柄等師匠国芳が描いた同種の絵より優れたるものである。女絵の『武勇な    ぞらへ模様』『東都名所くらべ』『浄瑠璃道行尽』は国芳酷似(そつくり)の絵で 人物の姿態や衣服の    模様縞柄に細心の注意が払はれて居る、三枚続の『本朝舶来戯(たはむれ)道具くらべ』『縁の綱成人鏡』    『心夢吉凶(よしあし)鏡』『見まへきくまへはなすまへ』は『道具くらべ』を除き他は皆教訓的のもの    で、『縁の綱』は上部に結ぶの神が寄合つて評議を凝らし、左端に縁切榎を伐り倒す図があり、神の使    は赤縄(ゑにし)を携へ下界に降つて、種々の階級に縁を結び居る図である、『心夢』『見まへきくまへ    はなすまへ』の前者は影絵の内へ眼、耳、口の欲望を色摺にしたもので、後者は白地右方の上半部へ眼、    耳、口を現はし同音相通ずる人物器具動物を按排した極めて美しい絵で一枚毎に次の様な絵解が記され    て居る。     「夫(それ)人げんは口が第一なり 口はわざわいのかどゝいふて ばんじつゝしむべきなり ぬす      びとの用心には入口をしめ さかだるにはのみ口をさし 紙入にはつばくろ口をしめ やさしき      をなごの口からも どのよふな事いゝ出すかもしれず よつてばんじ此ゑのごとくつゝしむべき      なり』(原文の儘)     要するに芳藤の手遊絵と異り絵の総べては、彼独特の奇抜なる意匠と緻密なる描法に依りて、孰れも    活躍して居る、而(そう)して各々の絵に付加へてある、絵解の言葉も簡にして味ふべきものが尠くない、    元来縮写をしてなり原形のものを掲載すれば、斯様(こん)な不徹底の説明を要せず 直ちに彼の真価を    認められるであろうが、夫の出来ぬのは主張の半も達せられぬ様(やう)心持もする〟    〈「異(かは)り絵」の例として挙げている『猫の絵』とは、「猫の子の子猫を十九あつめつゝ大猫とする」という賛のある     多くの猫の身体を寄せ集めて描いたもの。芳藤の師匠・国芳の人の顔を人の身体を使って表現した「みかけはこわい     がとんだいい人だ」と同じ。現在では、こうした人や動物を寄せ集めて描いたものを「寄せ絵」と呼んでいる〉    猫の子の子猫を十九あつめつゝ大猫とする 一鵬斎芳藤画    みかけはこわいがとんだいい人だ 一勇斎国芳画