◯『世のすがた』〔未刊随筆〕⑥37(百拙老人・天保四年(1833)記)
〝寛政の頃は白き菅笠を上品として、御役人より御番衆までも皆是をかむりしが、文政の頃より竹の皮にて
作りたる平笠を殿中と名付て、御役人も悉く是を用ひられ、菅笠は却て下人の用具となりぬ、又人々忍び
の時用ひし竹皮の深笠も、いつとなく籐にて網代の如く組立たるを仕出し、又あんぺらにて作りたるも流
行す、むかしの三度笠などは旅人の外は用ひず、笠当も近頃は鯨にて台を作り、細き鯨を前後に付て別に
紐を用ひず、又あんぺらの笠当もあり、よごれず汁もしまずしてよし〟