◯『絵本風俗往来』中編 菊池貴一郎(四世広重)著 東陽堂 明治三十八年(1905)十二月刊
(国立国会図書館デジタルコレクション)(63/133コマ)
〝十一月 三芝居顔見世狂言
例年十一月朔日は猿若町一丁目中村座、同二丁目市村座、同三丁目守田座の三芝居顔見世狂言興行なり、
顔見世は年一度役者の等級及び給料の上下を定め、彼の出世相撲の番付の如く、顔見世番付の定まるよ
り、当月の興行故に総役者等級上下ありて、初めての事とて見物極めて多く大当たりをなす、また顔見
世とは、総役者を画(ゑ)にかきたる番付にて、顔の多く現はれしをよしとす、されば市川団十郎・尾上
梅幸・瀬川菊の丞の如きは顔斗(ばかり)でなく、全体を此の番付の中央に画きたり、それより技倆(わ
ざ)の劣れるに随ひて、紙面の片端に僅かに顔の画き出せる様(さま)、芝居に心ある人、気を用ゐて見
る時は、画よく物をいひて面白かりし、扨(さて)此の顔見世狂言随一たるは、市川十八番の「暫(しば
らく)」なりしとや、実は天保以後は顔見世の繁昌、更に絶へて只かたのみを残したり、此の「暫」と
いふ狂言を始め其の他の家のものも、海老蔵没後演ずるものなし、漸く近年に及びて平生の狂言に十八
番の出づるもの一ッ二ッありしのみ、然(しか)れば芝居も昔時に及ぶ繁昌は絶へたりける〟