◯『街談文々集要』p183(石塚豊芥子編・文化年間記事・万延元年(1860)序)
(文化七年(1810)記事「両頭之亀拾」)
〝文化七甲午五月頃、本所金糸堀の人、両頭の亀を拾ひし者あり、一ツハ尻尾の下に首ありてちいさし、
始メ金三両ニ買ハんと云しが、後ニは金十両につけるものもありト云々、或人のはなしに、御先手与力
石川四郎右衛門、扇橋にて拾ひしト云々、後ニはいかゞなりしや、医学館などへ出したきものなり〟
◯『藤岡屋日記 第二巻』p501(藤岡屋由蔵・弘化二年(1845)記)
〝三月十五日
石町辺、鼈甲屋より不忍池ぇ白亀を納ル也、見物群集致すなり、初之内ハ池の中に垣をゆひて其内ニ
入置見せしなり、大評判ニて絵双紙屋へ壱枚絵ニ出るなり、又ハ板行ニ致し江戸中を売歩行也。
淡路国より出しといふ、大サ壱尺九寸、眼中ニ銀光二筋有之。
池水に千とせの松の蔭うきて
実に面白き亀の遊哉
水あしき故ニ、後ニ死せしよし〟