Top浮世絵文献資料館浮世絵師総覧
 
☆ かぐらみこ 神楽巫女浮世絵事典
 ☆ 宝暦五年(1755)    ☆ おえん おゑん  ◯『増訂武江年表』1p161(斎藤月岑著・嘉永元年脱稿・同三年刊)   (「宝暦五年(1755)」記事)   〝三月十六日より、深川永代寺にて、信州戸隠明神九頭竜権現(顕光寺)開帳(この時神楽を舞ふ神子(ミ    コ)、美女の聞えあり。其の名をおゑんといふ。踊子の事を俗におゑんといふ諺はこれより始まれり)     筠庭云ふ、踊子は元文頃よりありとか。村松町、橘町辺、最も多かりしと云ふ。「武野俗談」に、踊     子におゑんといへるもの、其の頃はやりし者なるよし見ゆ。されば此の説は非也〟  ☆ 明和六年(1767)    ☆ おなみ・おはつ  ◯『半日閑話』〔南畝〕⑪337(大田南畝・明和六年(1769)二月記)   〝湯島ゑびす開帳    四日より湯島天神社内におゐて泉州石津大社笑姿(エビス)開帳有、群集多し。神楽堂にて二人の乙女神    楽を奏す。名をお波、おはつと云。振袖の上に千早を着たり。容貌うるわしくして参詣の人心を動かす。    凡開帳ごとに神楽巫子の美をゑらぶ事、是なん俑を作りけらし【錦絵等にいづる】〟  ◯『増訂武江年表』1p181(斎藤月岑著・嘉永元年脱稿・同三年刊)   (明和六年・1767)   〝四月八日より湯島社地にて、和泉石津大社笑姿(エミス)開帳(式内の神といひ、社人石津連と云ふ。この    時、巫女二人みめよきを択みて舞はす。名をおなみ、おはつと云ふ。鈴木春信錦絵に多く画けり。     筠庭云ふ、「半日閑話」には、このゑびす開帳二月四日とあるは非なるにや。巫女はふり袖の上にち     はやを着たりとかや。神楽みこの美を択ぶこと、是れなん俑(ヨウ)をなしける〟  ☆ 天明二年(1782)    ☆ おすて  ◯『増訂武江年表』1p209(斎藤月岑著・嘉永元年脱稿・同三年刊)   (天明二年・1782)   〝三月十一日より、永代寺にて、鶴が岡八幡宮本地愛染明王、頼朝公髻(モトド)観世音開帳(此の時、境内    へ出し巫女のおすてと云へるは、美女の聞えありて、にしき絵にも出たり)〟  ◯『俳風柳多留』(『此花』第七号 大正二年四月)   「神楽巫子」朝倉無声稿   〝神楽堂しまひにきざな目をふさぎ    つまづいてにつこり笑ふかぐら堂    かぐら堂姫ごぜの身ですつぱぬき    しり目などつかひ神楽を奏すなり〟