☆ 宝暦八年(1858)
◯『半日閑話 二十四』〔南畝〕⑪698(大田南畝記・宝暦八年(1758)記事)
〝唐鳥の見世物事 珍敷見世物の事
同八戊寅、両国広小路にて唐鳥を見せる。古今珍敷地下のもの、いんこと云こと覚へし様成。一枚摺番
附売左の如し(以下鳥名あり、略)〟
〈これは見せ物の一枚摺番付〉
☆ 安永元年(明和九年・1772)
◯『半日閑話 十二』〔南畝〕⑪362(大田南畝記・明和九年(1772)八月明記)
(同年八月一日および二日にかけての台風被害記事に)
〝江戸難風大騒一枚摺出る〟
〈これは災害情報を報知する一枚摺かわら版〉
☆ 安永五年(1776)
◯『半日閑話 十三』〔南畝〕⑪412(大田南畝記・安永五年(1776)十二月明記)
〝江戸自慢
十八日より江戸自慢と云一枚摺出る。江戸名物を役者番付にしてうるもの也。来春にいたりて大ひに行
はる。後編江戸自慢も出る〟
〈これは江戸の名物を役者番付に擬えた名物番付とでもいうべきもの〉
☆ 天明四年(1784)
◯『御触書天明集成』p956・触書番号3196(岩波書店・1976年刊)
(天明四年(1784)九月付)
〝近来暦類紛敷板行致し候もの有之旨相聞、甚以不埒之至候、向後略暦并大小之類、一枚摺之品ニ候ても、
聊も暦ニ似寄候品之類売買は勿論、辻売等堅く致させ間敷候〟
〈一枚摺とは一枚の紙に摺ったものという意味で、必ずしも略暦や大小の呼称ではないが、一枚摺といえば、かわら版
や番付と同様、暦や大小を想起するような関係にはあったのだろう〉
☆ 天保十三年(1842)
◯『江戸町触集成』第十四巻 p128・触書番号13643(近世史料研究会編・塙書房・1998年刊)
(天保十三年(1842)六月四日付)
〝錦絵と唱、歌舞伎役者遊女女芸者等を壱枚摺ニ致候義、風俗ニ拘り候筋ニ付、以来開板は勿論、是迄仕
入置候分共決而売買致間鋪〟
〈この一枚摺の用例は、錦絵というから多色を一枚に摺り込んだという意味で使っている。しかし、この用例は珍しく、
慶応二年のもの(十八巻・p357)にしか見当たらない。触書に「一枚摺大小」という呼称はあっても「一枚摺錦
絵」といった言い方は見当たらないから、やはり一枚摺といえば、暦や大小或いはかわら版や番付の類を指している
のであろう〉