筆禍『潮来絶句』(戯作)
処分内容 絶板
◎作者 富士唐麻呂(記載なし)◎画工 画狂人北斎(記載なし)
◎板元 蔦屋重三郎(咎め)
処分理由 色摺
◯「潮来絶句」(『老婆心話』(写本)梅花のおきな(梅花山人)著 文政十三年(1830)十二月自序
(国書データベース)
◇「狂詩之話」(96/113コマ)
〝(前略)私 少年の頃 潮来絶句集といへるを戯れに著す 北斎美人を画き 彩色摺物となし 小冊
子となせり 蔦屋重三郎にて印板となし 一春売り出しぬ 序文の梭江【立花侯留守(居)の西原新左
衛門也】書は東堤【文蔵(ママ晁)の弟也】後序を馬琴書けり 蘭洲跋を為す 数百本一時にうれぬ 于
時彩色摺が停止の春なり よつて蔦屋へ御咎めあり絶板す しかし狂詩にはあらず 潮来歌(イタコウタ)
妓がう たふ歌云 うそちやないのに茶にするおまへ ほんにわたしはエヽぢれつたいわいナ 是を
詩に訳て曰(く) 妾が言は是れ真実 歓思是れ薄情と 心中の趣き訴へ難し 鳴(アア)乱絲の縈が如し
(以下『潮来絶句』の歌詞とその絶句へと続くが、省略)〟
〈梅花山人は冨士唐麿・藤堂竜山とも称す〉
『潮来絶句』画狂人北斎画 冨士唐麿戯作 蔦屋重三郎板(国書データベース)