◯『江戸名物百題狂歌集』文々舎蟹子丸撰 岳亭画(江戸後期刊)
(ARC古典籍ポータルデータベース画像)〈選者葛飾蟹子丸は天保八年(1837)没〉
〝藤
日のながき春にあまりてさきぬらん隣の夏へかゝる藤なみ
此ころはしゞみも色をうばわれて紫目だつ亀井戸の藤
ちらぬのを松のみどりにならひ得て盛はながしふぢの花房
春風に人のこゝろも打よせて夏の根岸にさけるふぢ波
いそがしき見世を見かねておのれさへ軒にたすきをかける藤浪
住吉の宮居目当にもゝ舟の佃によする藤のしらなみ
むらさきの色こき藤は灰あくの入りたる酒を根にやどしけん
みやひをの作りてさけるから歌のふみや負ふらん亀井戸の藤
春ふかき松葉が谷の出開帳つまぐる数珠やふぢの花ふさ
皆人のちり立て行賑ひは江戸むらさきの花のふぢ寺
万年もかはらで咲けよ藤の花自由自在の亀井戸の神
さしぬきの色とこそしれ位ある松にかゝりし藤のむらさき
ふぢの花うつる池より折る人に白太夫こそよきかゞみなれ
風やどる松にまとひて咲藤の花の波にもこゑはありたき(画賛)
〈亀戸天神 根岸 佃島住吉社。松葉か谷は日蓮ゆかり、鎌倉名越の妙法寺。白太夫(シラダユウ)は天神(菅原道真)に忠義
を尽くした農民〉
◯『絵本江戸風俗往来』p83(菊池貴一郎著・明治三十八年刊)
〝(四月)藤は上野山王の台、または亀戸天満宮の社内、坂本なる円光寺、品川の鈴ヶ森、大塚藤寺・伝
明寺・芝増上寺山内、弁財天の池の岸等、江戸市中藤の名所なり。大方年々立夏より十五日目頃見所と
いふべし。しかるに花の最長にて三尺以上のもの少なし。ここに佃島はる住吉社内の藤は他に異なりて、
藤棚の下より海上白帆の詠(ながめ)面白し。さりながら花は長くたるるもの少なし〟