◯『賤のをだ巻』〔燕石〕①231(森山孝盛著・享和二年(1802)序)
〝豊後節の浄瑠璃は、翁が生れたる【元文三年】頃より流行いでたりといへり、延享の頃は頻りに流行て、
しかも今の如き高上風流に作りたる文句にはあらず、ひらたき事のみをいひつゞけたる文句なり、河東
節、半太夫ぶしも、まだ残りて流行たり。(中略)
豊後ぶしを語る遊女も、京より吉原へ下りて、殊の外流行て、万客昼夜を争ひたりといふ事を、子供の
時聞たり、翁がつゞきがらなりける永井丹波守、京都の町奉行被仰付て、理運なる人なりしかば、我等
奉行にて京に登りたらば、豊後ぶしを停止さすべしとて、腕をさすりて登られけるが、時勢につれて制
しがたき事なりけるにや、次第に流行て、其弊、淫奔、相対死なども多かりけり〟
◯『よしの冊子』〔百花苑〕⑨266(水野為長著・寛政三年(1791)三月記)
〝豊後節是又御制禁ニ相成、右うたひ候もの共外商売ニ相懸り候様被仰出候よし。専さた仕候由〟