◯『増訂武江年表』2p215(斎藤月岑著・嘉永元年脱稿・同三年刊)
(慶応三年(1867)九月頃の記事)
〝鉄砲洲海岸築地船松町二丁目十軒町続き御軍艦操練所の跡へ、異国人の旅館を建てられ、且つ貿易の所
とせらる(蛮名ホテルといふ)翌年夏の頃に至り大抵成就し、大廈甍を列ね、丹漆黝堊を以て装飾す。
其の中央なる楼上の突兀たる海岸に著しく、茲に登れば西には江城の巍々たる、遠くは富嶽函嶺を瞻仰
し、南には芝浦より品川迄長汀曲浦の風趣を望み、東南は海面にして遙かに房総の群山波上に汎び、周
船の来往は眼下に遮り、北には筑波二荒の高岳空に聳ゆ。近くは轂下侯伯の台榭、市店の鱗差も一瞬の
うちに有りて頗る佳景の所也。後の方苑林あり。芝をふせ、花木を栽へて所々に小亭を設けたり。此所
も海上の眺望尤もよろし〟