◯『江戸名物百題狂歌集』文々舎蟹子丸撰 岳亭画(江戸後期刊)
(ARC古典籍ポータルデータベース画像)〈選者葛飾蟹子丸は天保八年(1837)没〉
〝蛍
竹取のふみ見るまどにむれて飛ぶほたるはやけぬ火鼠の皮(画賛)
追かくる子等あぶなしと蛍より手に汗にぎる親こ/\ろかな
智のありて文よむに人にまつはれる蛍も水はたしむ?なるらん
うき草や化して蛍となりにけんむしのひかる夏の夜
取得てし少女が袖の扇つけまたもくゝりてにげし夏むし
雨の夜も池のほたるのかげみせて空にしられぬ星ぞうつれる
なつ虫の玉のひかりを◯るかな孔雀長屋の夕やみのそら
柴垣の枯木に花のほたるには観音草や化してなるらん
ほたる狩隅田の堤に煙草のむ火だねは風につい取られけり
五月雨のはれ間にまれな星なりとみれば軒ばの蛍とびくる
そのひかりきんの要とみる蛍扇の堀のあたりにぞ飛ぶ
にごりなき子供こゝろのすみだ川蛍おさへて堤ゆきけり
むさし野の草や化しけん逃水のにげて手にだにとれぬ蛍は
よもすがら狩れどほたるの尽せぬは浜の真砂のひかりなりけり
追行けば団扇の月にけをされて蛍の星もみえずかくるゝ
星ひとつみえぬ五月の宵闇にほたるはてらす夏の月くさ
ちればちり消ればきゆる夏草のほたるは露のまぎれものかも
虫篭の舟をもはるかこゆるぎの磯のかゝりと見ゆるほたるか
山吹のいろにも庭のほたるかけされどみになる文よませけり
あやめ太刀作るあたりのつば棚にこゝぞ目ぬきとほたる飛かふ
よひやみに我をわすれて蛍沢ほたるさわぎに人もとびかふ
しばしとていとひし人の魂ならん柳のもとをさらぬほたるは
はづかしや学ばぬ窓に反故張の文字をこらしてほたる飛かふ〟
〈蛍狩り 隅田堤 孔雀長屋(浅草田町) 五月雨晴れ間 団扇〉
◯『絵本風俗往来』中編 菊池貴一郎(四世広重)著 東陽堂 明治三十八年(1905)十二月刊
(国立国会図書館デジタルコレクション)(26/133コマ)
〝(五月)蛍
蛍の名所は落合姿見橋の辺、王子・谷中蛍沢・目白下・江戸川のほとり、麻布古川・本所辺なり、半夏
生の頃を盛んとす、但し王子辺は至つて早し、谷中蛍沢は虫の光り他にまされり、此の蛍を捕らんとて、
日暮れより男女の別なく児童等打つれ、長竿の穂先へ竹の葉を結い付け、或ひは紙袋などつけ、飛び巡
れる蛍を捕へんと、田の畔・小川の岸辺を逐ひて走れるより、足踏みそこねて池沼に落つるなど、蛍狩
りには往々あることなり〟