☆ 文化二年(1805)
筆禍 女浄瑠璃の絵
処分内容 ◎板元 橋本町清蔵店 弥七 所払・闕所
◎行事 嘉兵衛・安次郎 過料二貫文ずつ
処分理由 女浄瑠璃の絵を彫刻したこと
◯『板木屋仲間新古記録帳』(石井研堂著『錦絵の改印の考証』伊勢辰商店・大正九年刊)p11
〝文化二丑年九月朔日、根岸肥前守様御番所へ行事被召出、此度女浄瑠璃之絵、彫刻致候哉御尋に付、
橋本町二丁目清蔵店弥七、右之画彫刻仕候段申上候に、不届に付、同月十八日、右弥七欠所之上所払
被仰付、右に付、本屋行事板行屋行事一体、二貫文づゝ過料被仰付候
年行事 嘉兵衛/安次郎〟
〈町奉行・根岸肥前守の弥七に対する裁定は所払(江戸追放)のうえ闕所(家財没収)で実に厳しい。弥七は『板木
屋仲間新古記録帳』に載っているのだから地本問屋仲間だと思うのだが、屋号が分からない。また「年行事 嘉兵
衛/安次郎」は「本屋行事板行屋行事」(書物問屋行事と地本問屋行事という意味か)に相当するのだろうが、そ
の屋号も分からない。画工に咎は及ばなかった。ただ誰であったのかこれまだ不明である〉