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☆ ひきふだ 引札浮世絵事典

 ◯『【類聚】近世風俗史』(原名『守貞漫稿』)第十六編「雑服」p581   (喜田川季荘編・天保八年(1837)~嘉永六年(1853)成立)   〝嘉永二年印行、古風と流布とを相撲番付に擬する其流布の方(中略)    人込の引札 行人集る路上に報帖を携へ出て行人に与へ告ぐ。蓋報帖を江戸は引札と云、京坂はちらし    と云〟    ◯『明治世相百話』(山本笑月著・第一書房・昭和十一年(1936)刊   ◇「魯文時代の引札類 新世相を語る風俗資料」p44   〝滑稽酒脱の引札は平賀源内に始まり、京伝三馬に至ってますますメイ文を振った。その遺風で、明治時    代も名家の執筆を乞うた引札が、割烹店や諸商店の手拭に添えて配られた。いずれも木版彩色いりの凝    ったもので、宣伝効果もあったが、今見ても相当趣昧のあるのが沢山、活版刷にしてもその印刷の稚拙    で原始的な味わいが捨て難い。    本文の執筆は仮名垣魯文が第一、ついで山々亭有人の条野さん、三世種彦の高畠藍泉、河竹其水の黙阿    弥など、就中魯文の引札は数知れず、野崎左文翁の蒐集だけでも千枚以上、恐らく五、六千枚は書いた    らしい、が達筆任せで随分の書きなぐり、京伝三馬の妙文とは大分違う。其水のは少しく入念、番付の    カタリ風だが独得の味がある。有人、種彦はまずサラサラと嫌昧がない。三遊亭円朝の自作自筆も数種    あるが、高座でなれた口上そのまま。    伊東橋塘、河竹新七、幸堂得知の諸老も相当書いているが平々凡々。添画の方は、芳幾、輝松、玄魚、    月耕など初期に属する。中期に及んで永井素岳が独り天下、引札以外新曲の摺物まで自作自画の達者振    り、鴬亭金升君も若手の花形で例の自筆を揮った。福地桜痴翁の晩年は種々の引札に名筆を見せていた    が、文章は案外真面目でユーモアに乏しい。に名一名筆を見せていたが、文章は案外真貢面目でユーモ    ワに乏しい。それでもさすがに立派な刷り物が多く、大家だけに堂々と別格の位があった〟