◯『零砕雑筆』〔続大成〕④255(中根香亭著・成立年未詳)
〝ビヤボン
ビヤボンと吹けば出羽どん/\と金がものいふあぢな世の中
文政六七年頃金属にて作りたるビヤボンといふ小箱流行したるときの歌にて、執政沼津侯水野出羽守を
譏るりたるなりといふ〟
◯『巷街贅説』〔続大成・別巻〕⑨132(塵哉翁著・文政十二年(1829)自序)
(文政七年・1824)
〝津軽笛、今茲文政甲申の秋の頃、びやぼんと云鉄にて造りたる笛を、童等専らに翫ぶ、其笛此頃初て造
り出したるにはあらず、津軽笛と云其形(図あり)此の如あし、薩摩にてはホヤコンと云、亦シユミセ
ン共いへり、笛の唱歌あり、
チウサノべントト、カヂキノべントト、ノドクビトラへテ、ピヤコン/\
或人の云、チウサは中山にて琉球の事か、カヂキは加治木にして、筑紫の地名なるべしといへり、べン
トは人物の方言なるべく、ノドクピトラエ、と訳する時は、喧嘩などの事ならん歟〟
◯『藤岡屋日記 第一巻』p350(藤岡屋由蔵・文政八年(1825)記)
〝此節(二月頃)世上にて琵琶音といへる鉄にて拵し笛、流行致すなり。
琵琶ぼんと吹は出羽どん/\と金がもの言ふ今の世の中
此節の流行唄に、持揚てさせもしや何の事はないと言事はやるなり
右琵琶音の笛とさせもせと言事、御停止之御触、町中ぇ出るなり〟
◯『増訂武江年表』2p75(斎藤月岑著・嘉永元年脱稿・同三年刊)
(文政八年・1825)
〝ビヤボンと号し鉄にて作りたる笛行はる。小児の玩とす(一に津軽笛といふ)〟
◯『きゝのまに/\』〔未刊随筆〕⑥120(喜多村信節記・天明元年~嘉永六年記事)
〝津軽笛といふ鉄にて作りたる笛を小児玩ぶ事流行、其鳴音ビヤボンと聞ゆ、之に依て笛の名とす、
落書 ビヤボンを吹けば出羽殿(デハドン)/\と金が物いふ今の世の中
後に今の笛を止めらるゝは、此落書によれる歟〟
◯『わすれのこり』〔続燕石〕②144(四壁菴茂蔦著・安政元年?)
〝ビヤボン
鉄にて(図あり)かくのごとく造りし物なり、但、長さ二寸ばかり、真中を口にくわへ、息を吹きかけ
ながら、なかに爪の如く出でたる物を、すこしづゝ手にて動かせば、ビヤボンと鳴る、しかし、唱歌な
どに合して、拍子をとるにもあらず、余り面白き物にもなし、されども、一時大に流行せり、水野出羽
守殿、御老中勤務中のことなり、落首に
びやぼんを吹けば出羽どん/\と金がものいふいまの世の中〟
〈水野出羽守忠成の老中在職期間は文化十四年~天保五年(1817~1834)〉