◯『【寛保延享】江府風俗志』〔続大成・別巻〕⑧15(著者未詳・寛政四年(1792)十一月記)
(寛保~延享(1741-47)年間の風俗記事)
〝びゐどろも寛保延享迄は、手遊の小徳利のみにて、色ももゑぎと黄白計にて、甚うすきびゐどろにて有
し、夫より宝暦頃びゐどろ師万右衛門と云者、初て紫色な吹出し、段々と細工に多く成て、今(寛政期)
は渡りにもおとらぬ事とぞなりぬ〟
◯『柳亭日記』柳亭種彦 文化六年(1809)六月十七日記
〝いまぽこん/\といふびいどろにて作りし子供のもてあそびは、三十年ほど以前はぽぺんといひしよし〟
◯『増訂武江年表』1p172(斎藤月岑著・嘉永元年脱稿・同三年刊)
(宝暦年間(1751-1763)記事)
〝硝子(ビイドロ)は外国のものなるを 蘭人持ち渡り、中古長崎にて製する事を得、京大坂に伝へしを、近
頃東都に其の職人多く出来て、万の器を製し、活業(なりわい)とする者あまたあり〟