板木屋・板屋 浮世絵事典【は】はんぎや【い】いたや
◯『金曾木』遠桜主人(大田南畝)著〔南畝〕⑩304 文化六年(1809)記
〝一枚絵などの古き板木は、楊弓の矢に削られてのこりすくなし と油町の草子屋蔦屋が物語也〟
◯「東京一の絵双紙屋」室町の滑稽堂 江戸ッ子
(原典『実業世界 太平洋』第五巻二号「内外談叢」明治39年1月15日発行)
〈『浮世絵芸術』№146(「喜撰堂主人抜書き」神保侃司編 2003年発行)より転載〉
〝 版木が絵双紙の財産
錦絵の版木は新板(あらいた)へ彫刻すると版木へ狂ひが出るので、之までは絵双紙屋の習慣として、
新板へは俳優の似顔を彫刻し、此板を削り直して上等物を彫刻すると云ふ方針であったが、似顔絵の粗
悪に流れたのと、写真の流行で、俳優の似顔絵は売口が皆無となり、此種の出版物は跡を絶つ様になっ
たから、今後の出版には新板を枯すと云ふ事になるだろうと、滑稽堂などでも心配して居るが事実新板
を枯すとしたら資本金も超過する。のみならず、古板を削り直した様に好い味が出ないと云って居る。
先ず恁んな按排だから版木は絵双紙屋の財産で、高い蔵敷を払っても保存して置く様になるのだが、上
等錦絵の版木は鄭重に扱ひ、自宅の文庫蔵へ貯蔵するには、墨板小口へは絹襤褸(ぼろ)を宛て保管して
居るのだ。併し此の板木が順番に稼いで往くのだから、絵双紙屋の為めには打出の小槌より、御利益が
あると滑稽堂では左様云って居た〟
◯「近世錦絵製作法(四)」石井研堂著(『錦絵』第廿五号所収 大正八年四月刊)
(国立国会図書館デジタルコレクション)
〝(刻法の一 板材)
桜
本邦で用ひる書画の版木材は、桜である、で、版のことを「桜に鏤(え)り」とか「桜に寿す」とかい
ふて始めて、其の実に称つて居るのである。
錦絵の人物の、髪の生え際の、毛彫(けぼり)を見ただけでも首肯されやうが、錦絵は、余程繊細の線
をも自由に摺り成してある、従つて、其の版材は、可なり堅緻なものでなければならない筈である、又、
毛よりも細い長い線を摺り上げた手際を観れば、其の版材に、堅軟不同があつてはやれない筈である、
そして、其の材料が、余り高価のものではならず、又、其の材料は、望みの大さを満足さするものでな
ければならない、これ等数種の条件を備へたものが、即ち、桜材である、古人が、此の桜を版材ときめ
るまでには、多分種々の木材を使つて試みたことだらうと思ふ。厚朴は、材質に不同(むら)の無い点は
好いが、堅緻の度が足りない、黄楊(つげ)は堅緻と不同なしの点は及第しやうが、其の価の高いのと、
大材を得がたいとによつて、亦不適としたといふ様に、多数を試みた上げ句に、比較的難の少ない桜を
取つたのであらう。
本邦錦絵用の版材は、殆ど桜に限つてあつた、目の細緻にして質堅く、素直なるは桜材――単弁白花
の山桜――に及ぶものは無い、で、桜材は、工芸用として挽地にも指物にも使用せられて居るが、就中
第一良質のものを版材、二番三番ものを、挽地材、指物材に廻すのが常である。版材の山桜の産地は、
伊豆を第一とし、殊に海岸に育つたシホボクといふのを最良とした、併し、伊豆の桜も、無尽蔵に有る
訳でないので、日光産、磐城岩代産を普通品として用ひて居つた。
板屋
錦絵の盛んに発行さるゝ時代には、――今日でも、其の面影は残つて居るが――、板屋と称し、錦絵
の版材を専門に供給する営業者があつた、馬喰町附木店の、板三、儀平、儀八の三軒は、即ちこれで、
こゝへ往きさへすれば、立ちどころに間に合ふやうになつて居つた。板屋の仕事は、能く枯らしたる木
材を挽いて板となし、尺三寸に九寸、厚さ一寸の定寸に取り、それを、直ぐ彫らるゝばかりに仕上げて
売つたものである、今日では、厚さ一寸は無く、八分有れば、好いとしてある位だ。版材面は、実に平
滑鏡のやうなもので、逆目の立ち易い材を、斯くまでに仕上げるのは、亦板屋の熟練である、普通、三
回乃至(ないし)五回の鉋仕上げを為し、椋(むく)の葉木賊(とくさ)を用ひること無論である
はしばみ
版木の反(そ)りを防ぐ為めに、両端の切口に細き材を填めこむことを端食(はしばみ)といふ、普通の
書物の版は、皆之を施すが、錦絵の版には之を施さないのが多い、版材已に厚いので、若し反る時は、
少しばかりの桟があつても、其の甲斐が無いからである、若し反つた時には、中部に水を付けおいて、
自然に水平に直るを待つことゝしてある
〈桟(さん)は反り止め用の横木〉
墨板色板
一枚の錦絵版を彫り上げるに、最も精緻細密の彫刻のあるのは、全画の骨となる所の墨ずりの板であ
る、彩色用の版の彫は、之に反して極めて粗大なるものである、で、同じ版板でも、墨摺用には良質の
材を要し、色摺用は、夫れ程やかましく言ふに及ばない、之を代金で言へば、墨板材一枚一円のものな
らば、板材は七拾銭位のものである。墨摺は、板の一面を用ひるに止るが、色摺板は両面とも用ひる、
たとへば、錦絵一枚の所用として、板七枚を注文するとすれば、板屋は墨板一枚色板六枚をよこすを常
とする、この色板六枚中に、潰し用として、質のやわらかなる板を一枚交ぜて、よこすことになつて居
つた、摺の方から言へば、潰しの摺は至難の仕事なので、其の用材に吟味を要するのである、――潰し
とは、無地一色に地を色つぶしにすること
乾燥
彫刻は第一墨版を彫り上げ、それに施すべき色板を、墨彫の校正に依て彫るのである、で、彫り上げ
て後ち、用材に伸縮を生ずるやうでは「見当」の合ふ筈が無く、彩色版として用を為さない、で、版材
は、十分よく乾燥枯死したものでなければならない、ただ随時の芝居絵などは、其の時限りのもので、
後年追摺といふことも無いので、乾燥不十分の版を用ひることもある、芝居が終つて後、之を削り落し
て、時代ものゝ色版材に再用するの類は、屡々あることであつた。先年向島に出水あり、摺師が店より
預つてあつた木版を、水の中に一週間ばかりおいたことがあつた、其の後、心無き若者が、之を日光に
当てゝ乾かさうとして、全部損壊して仕舞つたことがあつた、又、其の水中にあつた版材を再用して、
彫刻に供したものが有つたが、風の強い日に、満面割れ目を生じて、廃物になつて仕舞つた、斯かる板
はせめて半年もし(ママ)陰干になければ、版材に(ママ)適すまじとのことであつた〟
◯『春城随筆』(市島春城著 早稲田大学出版部 大正十五年十二月刊)
(国立国会図書館デジタルコレクション)※全角カッコ( ~ )は原文の振り仮名、半角カッコ( ~ )は本HPが施した補記
◇三五 木版と其の材料(64/284コマ)
徳川期に無比の発達を見た浮世絵の木版彫刻は、ある意味に於いて世界に誇り得るものである。如何
に印刷術が進歩しても、極めて精巧な物になると此の木彫に譲らねばならぬ。西洋人が日本の錦絵を珍
重する所以は一つは其の版といふ処にある。勿論其の版を彫る技術が巧妙で無ければならぬが、之に付
帯して色を着けて刷る刷り師の力も非常は助けをなしたもので、両々相俟つて西洋人の垂涎する錦絵が
出来上る訳である。然るに段々西洋風の印刷術の進むと共に、木彫の名人が次第に凋落して、今日では
将に絶えんとして居る。是れは日本の工芸美術の為めに遺憾なことで、何とかして之を保護存続したい
ものである。
此の版木のことについて自分が実地に感じた一二を云はう。自分は古い、絵の這入つた本などを、僅
かに残つて居る版木師に彫らせて見て、妙なことを感じた。其の本には文章の所もあり、絵の所もある
のだが、絵であらうが、文であらうが、版木師の彫る労は一つで、どちらでも同じやうに門外漢は感ず
る訳であるのに、実際はさうでは無い。版木師の方では絵ならば喜んで彫るが、字の方は成るべく御免
蒙りたがる。同じ刀を使ふ訳であるが、絵ならばどん/\捗るのに、文字の所は一向捗らぬ。それはど
ういふ仔細かといふに、絵の方は興味があるため、それに釣り込まれて捗るけれども字の方になると全
く無趣味で、仕事に飽いて堪らむと云うてゐる。成程木彫の如きも一種の芸術であるから、興味の有る
と無いとに依つて仕事の成績に相違を来たすのも、道理あることゝいはねばならぬ。
また昔版木を作る時には其の材料を撰ぶことが非常に八釜しく、極めて精巧な版を作るには桜に限る
といはれたものであるが、其の桜にも甲乙丙いろ/\種類があつて、一番よい桜は伊豆の桜であるとさ
れて居た。其れは一つは暖地の産である為めもあらうが、今一つは海と何等かの関係があるものと見え
て、伊豆の桜は版木の材料として日本一と云はれ、其の材を用ゐれば非常に彫り易く、又いかなる繊細
の箇所でも旨く彫れる。いふ迄も無く此の材は余りに柔らかくても余りに硬くても可(い)けないのだが、
其の硬軟中を得たといふ一種の材が即ち伊豆の桜である。ところが今日は最早や斯様な材は得られぬ。
やはり桜を使ふとはいひながら、其の材が軟らか過ぎ、且つ甚だ粗悪である。今日浮世絵などを複刻す
るに当つて、最も大切な部分、たとへば顔や毛髪や衣服の極めて細かな模様などになると、桜の材では
十分に行かぬ。其の材が軟らか過ぎ、且つ甚だ粗悪である。今日浮世絵などを複製するに当つて、最も
大切な部分、たとへば顔や毛髪や衣服の極めて細かな模様などになると、桜の材では十分に行かぬ。其
の為め此等の箇所には黄楊の埋め木をして、繊細の刀を揮ふことにして居る。さうして出来上つた画は、
素人の目では分からないが玄人が見ると直ちに埋め木であることを看破する。黄楊は桜よりも硬味が多
く、従つて繊細な彫りが出来るが、桜のやうなフツクリした味わひが缺けて居て、幾分ゴチ/\した所
がある。殆んど肉眼では弁じ得ない程度のものであつても、其の道のものには直ちに見分けが付く。か
ういう訳で今日では版を彫る技術も段々廃れて来た許りか、其れを彫る材料さへも良いものが無くなつ
て来たのは、我国特有の工芸美術の為めに惜むべきことである〟