◯『増訂武江年表』2p217(斎藤月岑著・明治十一年成稿)
(明治元年・1868)
〝春より、両国橋詰に足芸女を見世物とす。大坂下り花川小鶴と号し、年齢二十歳計りなり(両足の指を
はたらかす事自在にして、糸車を廻し糸をとり、花瓶の花をいけ火を打ちて行燈(アンドン)へ点(トモ)し、
縫針のわざをなし、煙草をきせるへついで呑み、其の外色々の技(ワザ)をなせり。按ずるに、昔もあり
しもの也。友人楓園がもちたる二二枚折の屏風、寛永の頃の図に、四条河原の見せ物に足芸の女あり、
足の指にて矢を射る所を画けり。其の図は縮して、「声曲類纂」に収めたり)〟