◯『岡目八目』〔南畝〕⑦262(四方山人著・天明二年一月刊)
〝『【稗史(えぞうし)評判】岡目八目』〟
〈絵草紙とはこの場合、黄表紙(青本)をいう〉
◯『稗史提要』p346(比志島文軒(漣水散人)編・天保年間成稿)
〝稗史年表 凡例
全編分て五巻となす。第一巻を赤本部とす。貞享・元禄の頃より、元文の頃に至る。此部は鉢かづき・
文正草子の物語類より、土佐・薩摩が正本類、ヌは享保の頃の桃太郎の昔噺類を記す。稲妻表紙・唐紙
表紙の類も併せ載たり。
第二巻を前の青本部とす。元文・寛保の頃より、安永三年にいたる青本のはじめ、一代記・敵討の類・
鱗形屋・山本の板、以下を載す。
第三巻を後の青本部とす。安永四年より文化三年に至る。恋川春町作の金々先生出てより、稗史の画作
ともに今様に一変し、高才の作者競出して滑稽・洒落をつくしたる三十余年の間をしるす。
第四巻を前の合巻部とす。文化三年より文政(一字欠)年にいたる。雷太郎のかたき打出てより、合巻
の草紙大に行はれ、世上の作すべて敵打の本に一統せしより、又戯場の体を学て綴る迠にいたれり。
弟五巻を后の合巻部とす。文政(一字欠)年につゞき物の作出てょり後、当今にいたる迠を記す〟
〈赤本・黒本・青本(黄表紙)・合巻、すなわち草双紙を稗史と呼んでいる。安永四年(1775)は草双紙の大きな転換期
で、恋川春町作画の『金々先生栄花夢』が出て、草双紙が大人の読み物になり、挿画も鳥居風から鈴木春信風の当世
画に一変した。いわゆる黄表紙の出現した年である。文化三年(1806)で区切るのは、この年、式亭三馬作・歌川豊国
の『雷太郎強悪物語』は出て、五丁一冊であった黄表紙から、数冊合わせて一冊とした合巻の時代になっていくから
である。なお『稗史提要』の凡例では五巻となっているが、二巻と三巻以外は散逸して行方不明になっている由であ
る。広瀬朝光著『戯作文芸論-研究と資料』「『稗史提要』をめぐる諸問題」笠間叢書171参照〉