◯『世のすがた』〔未刊随筆〕⑥43(忍川老人・天保四年(1833)記)
〝山王神田祭礼番附、昔は一枚摺の麁図なりしが、今は絵草紙の如く明細に書記せり、三四枚つぎになれ
り〟
◯「川柳・雑俳上の浮世絵」(出典は本HP Top特集の「川柳・雑俳上の浮世絵」参照)
〝狂言の筋を教へる重五郎〟(天保年間【江戸名物】)注「葺屋町河岸山本十郎は市村座番付の発売店」
◯『近世風俗史(五)』(『守貞漫稿』)(喜田川季荘編・天保八年(1837)~嘉永六年(1853)成立)
◇後集 巻之二「雑劇補」⑤159
〝番付
大坂は半紙一枚摺りなり。顔見世番附のみ杉原紙一枚摺りなり。いづれも初日前に茶屋より得意の家に
配る。左図に角平と云ふ印ある、すなはち茶屋各これを印して配るもの、江戸も見物の時、絵草紙に副
へて席に出すはこれに似る。
見物に往く時、また茶屋よりこの番附に絵本番附を添へて出す。左図の番附を役割番付と云ふなり。江
戸にては配り番付と見物の時出す番付とす、別製なり〟
◇後集 巻之二「雑劇補」⑤167
〝江戸番附
顔見世および春以後、狂言ごとの番付も必らず糊入紙一枚摺すなり。(中略)
右ののりいりずりのばんづけはくばりばん付と云ひ、初日前に茶屋より得意の家に配る。しかも見物の
時、桟敷・土間等に出すものは、次に写す小半紙ずりの役割と絵本とを別に製したる物を用ひ、糊入紙
摺りを出さず。(中略)絵はすなはち鳥井風なり。その扮はこの時の狂言にかゝはらず、何狂言の時も
顔見世ばん付はその扮、この例にて小異なるのみ〟
◯「江戸流行用捨競」(番付 編者未詳 板元未詳 刊年未詳)
(江戸東京博物館デジタルアーカイブス)
〝当世はやり物
画才 国芳のうす似顔 うちはや 大揃のにしき絵
門付 新内の二挺引 一枚摺 何でも取組ム番附(他略)〟
〈国芳画・錦絵の団扇・連れ弾きの新内流し・芝居、遊郭、名所そして様々なものを見立てる一枚摺の番付が人気を博
したようだ〉
◯『春城筆語』(市島春城著 早稲田大学出版部 昭和三年十二月刊)
(国立国会図書館デジタルコレクション)(212/221コマ)
(百道楽 八五 番付)
〝番付は芝居と相撲のとが通例であるが、その流行時代には何もかも番付の式に作つたことがある。学者、
僧侶、文人、墨客は勿論、芸者、孌童(カゲマ)、娼妓、私娼、茶屋女に至るまで番付があり、人格のない
寺、宮、橋、樹木などにも番付があつて、それ等が相応に弄ばれ、時代を経ると、それぞれの変遷など
も窺はれて興味もある所から、分類的に或は時代順に番付蒐集を道楽とするものが今でも可なりにある
から一類として挙げる〟