◯『街談文々集要』p232(石塚豊芥子編・文化年間記事・万延元年(1860)序)
(文化八年(1811)「薪水舞台納」)
〝文化八、七月十五日より、堺町中村座にて、板東彦三郎舞台の名残、一世一代に、忠臣蔵と手習鑑の一
日がハりにして、彦三郎、由良之助・菅丞相の役を勤、大入大繁昌にて、十日ほどまへより約束なけれ
バ桟敷出来ず、其中にも忠臣蔵ハ長日にて、格別入ハなけれども、菅原の日ハ大入にて、爪もたゝぬほ
どなり(以下略)
(「木風子所蔵」の役者絵の模写あり。画中の題・賛・落款)
(題)「一世一代 菅丞相 板東彦三郎」
(賛)「大入の太鼓につれていかづちの世になりひゞく音羽屋の芸 山東京伝」
(落款)「豊国画」〟
「かんしやうしやふ 板東彦三郎」 豊国画 (早稲田大学演劇博物館・浮世絵閲覧システム)>
「大ぼし由良之介 板東彦三郎」 豊国画 (早稲田大学演劇博物館・浮世絵閲覧システム)