☆ 享和年間(1801~03)
◯『増訂武江年表』2p29(斎藤月岑著・嘉永元年脱稿・同三年刊)
(享和年間記事)
〝蔭絵の戯、昔は黒き紙を切抜き、竹串を四ッに割りて矢羽の如くさし、行燈に写して玉藻の前の姿を九
尾の狐に替(カワ)らし、酒顛童子を鬼にかはらするの類にてありしが、享和中都楽といふ者、エキマン鏡
といへる目鏡を種とし、ビイドロへ彩色の絵をかき、自在に働かするの工夫をなし、写し絵として見す
る。是れより以来此の伎行はれて、次第に巧みになり、其の門葉も多くなれり(此の都楽、今年嘉永元
年七十九歳、存生して瀬戸物町に住せり)〟