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☆えどのめいぶつ 江戸の名物浮世絵事典
  文政板『江戸買物案内』 『東京流行細見』『江戸絵馬鑑』  ☆ 延宝年間(1673-1680)  ◯「延宝年代江戸名物」(『此花』第十三号 大正二年十月刊)   (国立国会図書館デジタルコレクション)   〝『国丁の沙汰』【写本】に     塩瀬饅頭さゝ粽、金龍山の千代がせし米饅頭、浅草木の下おこし米、白山の彦左衛門がべらぼう焼、八     町堀松屋煎餅、日本橋第一番高砂屋がちりめん饅頭、麹町の助三ふの焼、両国橋のちゞら糖、芝の三官     飴、大仏大師堂の源五郎餅    とあり、曾て蜀山人これを見て、古江戸の名物これに尽きたりと評せしといふ〟   ☆ 宝永六年(1709)  ◯『東都名物題』宝永六年九月 無倫序    武蔵野若紫    隅田川諸白   鉄砲津入舩   霞関雁     染井杜鵑花(サツキ)    王子稲荷     渋谷金王桜   両国夜涼    上野山牡丹   中堂薬師(寛永寺)    不忍池蓮     池端香煎    千駄木芍薬   日暮里蛍    谷中会式(日蓮宗)    箕輪土器     千寿晒布    木母寺古墳   浅草原野遊   中の町月(吉原)    金竜山瓦焼    浅草茶筅    浅草剪綵花   浅草高原焼   砂利場網笠(浅草)    浅草寄進鳥居   浅草紙漉    浅草浮世絵   駒形乗合    石原椎木    回向院常念仏   亀井戸藤    梅屋敷     五百羅漢    葛西舩西瓜    葛西茎立     深川材場    深川蛎     三俣鯔     佃島白魚 付住吉社    大橋垢離取    芝橋心太    増上寺柳水   増上寺涅槃石  芝浦雑喉(雑魚)    浅布一本松    伊皿子麩    魚藍観音    高輪牛車    長坂鬠結(モトユイ)    品川鰒      海晏寺楓    目黒滝     目黒餅花    神明生姜市    溜池鯉附水鳥   山王独揺桜   伊賀町菊    自性院花見   代々木鈴虫    練馬大根     猪頭上水    久津美野老   向岡草     府中瓜(ナルコ瓜)    六阿弥陀     湯島花麹    聖堂      昌平坂作木   田端村蕃椒(トウガラシ)    神田神事能    神田比丘尼   本町糶子    日本橋水売   神田鬼灯(ホオズキ)    新場納屋     泉町綿摘    見付箱崎早舩  芝居評判師   中橋柳    龍口朝日     大名小路馬   浅草海苔    ◎崎摘草(イオザキ)   (追加)    伊皿子麩     牛しまの隠家  溜池の榎    不忍の蓮    日本堤稲妻    八王子の炭    除夜の榎市    浅草浮世絵 飛梅は絵ともあらなく帽子摺 銀水  ☆ 延享三年(1746)  ◯『俳諧時津風』解説 木村捨三著 近世風俗研究会 1960年刊   (原本『俳諧時津風』(尾雨亭果然編 延享三年(1746)刊)   (国立国会図書館デジタルコレクション)   ◇覆之巻    浮画      波ともに唐土ふねを八重霞    常国    (挿絵 七十翁画)    雑司谷会式   神無月法の花咲八日かな     曳二    (挿絵 柏里印)    志道軒     こゝろざす道の相手や軒の雪   柳芽    (挿絵 巨洲)    東山小粒    二粒けふるや苗のくすり雨    与滴斎一鷺 (挿絵 雪葱画)    関口田植    紙漉の濁さぬ水や早苗取     万花    (挿絵 龍水画)    中野桃林    仙人へ挙ンで参らふ桃はやし   福田金炉  (挿絵 無署名)    市松染     松風や長閑を峯に呼子鳥     扇輦    (挿絵 魯亭画)    富岡吹矢    見た計(ばかり)初雷の吹矢哉   錦綉園   (挿絵 無署名)    鍋嶋飾     一年の夜なべしまひや飾藁    雪斎亀毛  (挿絵 梨中画 芳貫印)    丁子屋喜左衛門 朝㒵も日毎にはなの白歯かな   梅光    (挿絵 巨洲画)    女角力     男より勝色ありや女郎花     金井庵梧英 (挿絵 雪母画 鶴堂印)    紙屋五郎兵衛  花の種売ルや小春のよし野紙   桃樹軒魚淵 (挿絵 巨洲画)    辻宝引     宝引の綱手や狂ふ御免駕     九々庵白寿 (挿絵 雪母画 鶴堂印)    象股引     股引も懐広し年の市       常宇自画   (挿絵)    吉原駕     駕つゝく日本堤の千鳥かな    浮鯰斎巨洲自画(挿絵)    浅草川猪牙   水馬目にもとまらぬ舟手かな   万倫    (挿絵 雪母画)    拳相撲     米河岸や指ヒて戦ふ秋の雲    柳延    (挿絵 欣子画)    大名倹飩    新蕎麦や二本道具の汁辛味    喚鳳    (挿絵 不明)    聾同心     聞さるの手かへなく/\水の月  尋香亭曙雲 (挿絵 無署名)    浅草人形    秋風やはりこの虎の息つかひ   梅悦堂春里 (挿絵 無署名)    女鳴神     紫蘇漬をしほれは空にほとゝぎす 旭園欣穿  (挿絵 楼笛画)    満起せんべい  煎餅も玉まく葛の手品哉     貞富    (挿絵 巨洲画)    片葉芦     若芦のかた葉や里の案内㒵    烏江    (挿絵 無署名)    顔見世     かほ見せや眠気のついて暮遅し  咸亨田杉兆 (挿絵 梨中画 芳貫印)    笠森稲荷    雪の笠もりも潤ふ四ッの民    砂崎鷹右  (挿絵 元栄画)    題有画     また思ふ花の瓔珞直すべし    清列    (挿絵 無署名)    〈帙の表題に「花笄(はなかんざし)」と版本『陽(ママ)貴妃』〉    両面帯     夜ル昼の帯もとけつゝ閏の月   風船    (挿絵 無署名)    雷鶴之助    足つよき其名も鶴の相撲哉    鱗光    (挿絵 巨洲画)    芝鋏切形    切形に咲せて見ばや菊の花    菫々閣山雪 (挿絵 無署名)    赤坂奴     切髭の振舞水を鏡かな      香雨    (挿絵 千窓画)    正燈寺紅葉   供人のはしよらぬ昼や寺紅葉   笠日亭蓮波 (挿絵 柏里印)    関口水車    音涼し吾妻の長谷の水車     薑菁    (挿絵 七十翁画)    さつまいも   後の月見に七またのくたり芋   脂水    (挿絵 無署名)    題有画     淡雪や降つ止ンつの人出入    瓶子    (挿絵 無署名)    〈画中の木札に「あわ雪」(淡雪豆腐)とあり〉    題有画     蕣や白きを後の朝烏       文睡    (挿絵 無署名)    〈画中に「吉原細見法師」。「板元(三鱗)屋」(鱗形屋)は吉原細見の版元〉    袖崎山荘    楼は近くてとをしあぼろ舟    渋谷三船  (挿絵 無署名)    藤細工     曲られた間タももるや花の雨   鵞松    (挿絵 柏里印)    山本宮内    夕たちやふとりし男いさぎよき  疎影自画  (挿絵 無署名)    池の端槌屋   咲く莟む蓮や槌屋も二ところ   祬詳    (挿絵 無署名)    深川笊蕎麦   蕎麦遅しうたゝ枕に聞鵆     瑞菊改竹裡 (挿絵 巨洲)    経山寺味噌   麻の実の音面白し四十雀     化声改氷鏡 (挿絵なし)    目黒餅花    餅はなは鼠のあらす梢かな    路考    (挿絵 米仲画)    牡丹屋舗    はな二十日牛込白と申べし    松下南花  (挿絵 無署名)    鳥越馬鹿若衆  みゝつくの若衆に人の雀かな   亀十    (挿絵 十柳印)    華塩      藻塩木や須磨の桜も花白し    常玉    (挿絵 七十翁画)    題有画     なんの酒吹雪には餅そとしの市  百尺    (挿絵 無署名)    〈画中の暖簾に「浅草餅」とあり〉    大和茶     すむ人や松むし茶たて虫     常龍    (挿絵 泰鳳画)    浅草漉返    まき返す浅草紙やむら時雨    良木    (挿絵 柏里印)    銘六一知    楼船見や新弓の弦に手の撓ひ   花明堂紀翠 (挿絵 紀逸書)    海老蔵蜻蛉売  国の名にたつ秋津虫の手柄かな  桃水    (挿絵 雪葱画)    愛宕植木市   植木市花買ふ人や太郎坊     風紗    (挿絵 十柳印)    向岡雪     蓮切のふね借りて行ヶ雪の鷺   亀幸    (挿絵 十柳画)    浅草団十郎艾  欠落や雁の二羽飛ぶあさし原   雅腸    (挿絵 探栄画)    題有画     きぬ/\や露を小紋の麻畠    周隣閣有燕 (挿絵 十柳印)    〈衣紋掛けに麻の葉小紋の着物〉    湯島陰間    酸いものゝ色には出しんめの花  渭圭    (挿絵 十柳印)    すいふくへ   民の人我に戻りぬ落し水     渭園    (挿絵 楼旭画)    湯島油上    さゝや藤やか軒にあやしき声の声の聞へ候            山吹の色にいでにけり切通し   冲雨    (挿絵 七十翁画)    以左羅古婦(麩) 影涼し芝の麩に汲ム夏柳     可速    (挿絵 柏里印)    狌々小僧    蜀黍(モロコシ)や出水の中のみだれ髪 疎蓬    (挿絵 七十翁画)    中村屋貸物   物いわぬ花の化せし衣裳付    桑雨    (挿絵 無署名)    覆面頭巾    頭巾ほど白きものなし今朝の雪  女 花紅  (挿絵 無署名)    山下敞膝    一ト銚子足に限やこぼれ萩    牧童    (挿絵 無署名)    柳原床鄽    雨や急て仕廻ふ涼台       梅貫    (挿絵 無署名)    調合満(染)艸  駒下駄で花ちる庭の手染哉    十柳園楼旭 (挿絵 狩野周誉画)    吉原灯籠    鬢髭の墨もあかるし灯籠影    指水    (挿絵 七十翁画)    書物師忠兵衛  敷島の岸をとちる歟芦の錐    斗百庵未醒 (挿絵 活々坊画)    釈迦坊主    建立は鰹に近し釈迦の声     渭水自画   (挿絵)    題有画     一筋で目を驚かす鳴子かな    子璉    (挿絵 貴香画)    〈「麒麟之助」という字入りの幟〉    題有画     蚕からあたり続ヶてほうし哉   梅阿自画   (挿絵)    〈画中の障子に「極上々吉瀬川帽子有り」とあり〉    即坐図     新酒は鼻から上へを白膠木かな  閑雲閣欣山自画(挿絵)    兼平桜     春来たとしらす木のめのけぶり哉 雅笙画   (挿絵 探栄画)    忍倹飩     藪入や二階へ二膳しのぶ山    緑園欣宇  (挿絵 無署名)    〈以上 覆の巻〉   ◇載之巻    深川長慶寺   はせを葉の東へよるな夕日影    領々斎北筵 (挿絵 龍水画)    よみうり    我耳に啌歟まことがほとゝぎす   北仙改北峨 (挿絵 青雪書)    鳥越口罾    川上の虹を救ふや罾引       長梢    (挿絵 龍水画)    巻鬢      一盛り蓮のけしきのまき葉かな   祇仙    (挿絵 無署名)    としま屋    月夜よし御ぞんじ様の杉の門    梅舎    (挿絵 楼旭画)    新町紙砧    とゝ/\と嚊が拍子や秋の音    活草宇大室自画(挿絵)    四万六千日   文月や雷門は人の声        五茶    (挿絵 貴香画)    芝薬      若芝にやくや鏝の黒けぶり     冲緒    (挿絵 七十翁画)    題有画     春よ江戸かゆいところへ手がとゞく 椎下堂活麿 (挿絵 旧馬画)    〈画中の軒の釣り看板に「秘方 小伝(馬町) しらみう(せ薬) さつて(や)」とあり〉    広沢石摺    蛙とんだ昔をいまぞ手六十     宇角    (挿絵 柏里印)    髪結床     髪結やをのがあたまは枯野哉    十車    (挿絵 楼旭)    題有画     細長き牡丹はたけや絵半切     仙魚    (挿絵 再賀)    〈不明〉    雑司谷百度参  なんに何と言ふ内濡るゝ時雨哉   ◎堂錦石  (挿絵 貴香画)〈◎「田+來」〉    池の端香煎   若竹や包ふり出す御鬮筒      槐右白   (挿絵 楼旭画)    豊後節     泣ぬ日とては波の立居の浮寝鳥   不鹿斎旧馬 (挿絵 三絲画)    雑司谷風車   新蕎麦や給仕もめくる風車     歩水    (挿絵 元栄画)    大名縊袖口   風呂の外に脱捨置や雪の富士    井光    (挿絵 柏里印)    神田鳶者    踊にも贔屓の不間やちから瘤    朝暮亭渭雲 (挿絵 無署名)    金燈菴提灯   ほゝづきや苦ミは去て夜の色    扇蝶    (挿絵 無署名)    牛込鷲     春の夜を買れて出る鼠かな     貴月    (挿絵 無署名)    哥煎餅     小娘の五文字はやす雪見菓子    逸丈    (挿絵 無署名)    羽織長紐    春の日にくらへん紐や羽織連    三香    (挿絵 無署名)    江戸川椎木   旅ならで葉に盛矢場の涼かな    勗和    (挿絵 理台画)    津打治兵衛   蕣や最うかほ見世の計       卯雲    (挿絵 肥堂画)    涼岷大黒    新米や二ににつこりとあさひ山   白糸    (挿絵 柏里印)    木遣      金のなる木もあればこそ花の声   欣子改孤峯自画    十二所権現   賽銭は社の内へ落葉哉       紀雲    (挿絵 觴巴)    八人芸     月今宵将門逃よ芸座頭       立路    (挿絵 文月堂千之書)    智ゑ筏     色/\にきつねは化て夕涼     露谷喬阿  (挿絵 楼笛画)    題有句中    小兵ても馬鹿にして見よ四ッ谷瓜  一調    (挿絵 柏里印)    〈四ッ谷は瓜が名物〉    四谷大木戸   はつ霞関の戸ささゝぬ甲府道    志静    (挿絵 柏里印)    扇屋染     賀茂で着る夜るを舞子の姿哉    柳枝    (挿絵 雪葱画)    富沢町朝市   鵑鵑のもとりや直に明からす    勢鳥    (挿絵 雪岑画)    番桝地蔵    父親の誓ひもある歟とうかし    潜魚    (挿絵 米仲画)    題有画     早蕨の出揃ふ山や煙筒見世     麦秀    (挿絵 觴巴画)    〈画中の箱看板に「地張幾世留(きせる)」〉    題有句中    客の跡月も炭団も有て明ヶ     梅堂衣山  (挿絵 無署名)    〈句中の「炭団(だどん)」が題〉    加賀骨扇    冠きぬ日や笏の手をかゝあふぎ   江長    (挿絵 無署名)    三派月     三味線も吹や三筋の川の月     渭船    (挿絵 渭水)    海ニ住ム形ヲ持タヌ蝸牛                 欣塒    (挿絵 渦巻き図)    飛鳥山桜    落日和けふ歟あすかのさくら狩   竹茂    (挿絵 無署名)    玉川鮎     若鮎やてに取やうな橋の上     志線    (挿絵 觴巴画)    墨流      一筆に唐土までも雲の峯      一口田紀来 (挿絵 無署名)    海老蔵     日の色も関の東のかざり哉     九華    (挿絵 無署名)    懐紙所     望月の空の手柄や刷毛めなし    敬亭    (挿絵 花滴画)    狂歌坊     風鈴や滑形見せで門涼       高好館渭龍 (挿絵 自画か)    題有画     ある中に燈すは花やよし野丸    万芦    (挿絵 雪葱画)    〈屋形船に「吉野」(吉野丸)とあり〉    回向院     ほし瓜の舟や御法の鉦ひやうし   七情葊竹人 (挿絵 無署名)    木葉煎餅    神農の味ひ初る木の葉かな     欣雨亭果然 (挿絵 雪岑)  ☆ 明和七年(1770)  ◯『役者裏彩色』自笑(三世) 八文字屋八左衛門板 明和七年九月刊   (ARC古典籍ポータルデータベース画像)    役者裏彩色(ARC古典籍ポータルデータベース画像)   〝江戸之巻目録    ○矢口の神霊中の芝居へ影向ありて参詣くんじゆす     ○笠森の仙女羽衣なくて飛行して其行所をしらず    ○勝川春章といふ画師 役者似顔舞台扇といふ書を顕はす     〈『絵本舞台扇』三巻 勝川春章画 文調画 雁金屋伊兵衛板 正月刊〉    ○湯島へ飛んだ茶釜出る 同時天鵞絨(びろうどう)のうし顕はるゝ     ○森田座へ里虹と云ふ虹日ことに出る 月をこへて評判きへず見る人おびただし この時仕切場の銭山と     なる    ○町々へ竹わり甘露とう振る大キサ土平が飴のごとし     ○東叡山のふもと山下が原え茶釜やくわん(薬缶)の二色(いろ)を堀出す    ○嵯峨しやか如来回向院ニて開帳 時ならずむく鳥渡り幾世餅をおふく(多く)喰らふ     〈京・嵯峨釈迦如来開帳 6月19日~8月中旬〉    ○六月あわゆき売り    ○吉原美人揃の書成る〈『絵本青楼美人合』鈴木春信画〉    ○呂(絽)のかたびら加賀紋はじめて売りひろむ    ○なつよりあきまで日てりつゞき下駄のはな緒二足三文もせず    ○盆かわりの評判記はじめて出す その評左のごとし〟    〈明和七年評判になったもの〉     〝若女形之部    見立浮世絵師に寄ル左のごとし    山下金作   何をされてもわつさりとする春信  〈鈴木春信〉    吾妻藤蔵   武道にはちと角があつてよい菱川  〈菱川師宣〉    中村喜代三郎 どふみても上方風でござる西川   〈西川祐信〉    中村松江   思ひのたけをかいてやりたい一筆斎 〈一筆斎文調〉    尾上松助   此たびはとかくひいきと鳥居    〈鳥居清満か〉    瀬川七蔵   瀬川の流れをくんだ勝川      〈勝川春章〉    山下京之助  風俗はてもやさしひ歌川      〈歌川豊春〉    尾上民蔵   うつくしひ君にこがれて北尾    〈北尾重政〉    嵐小式部   いろ事にかけては心を奥村〟    〈奥村政信〉    ☆ 明和八年(1771)    ◯『俳諧名物鑑』反故斎果然編 明和八年序(『俳諧時津風』の改題増補本)   (国書データベース)   ◇『俳諧名物鑑』花   〝㐂の字屋 袖の香にちとせの春や松の台    東村改李因    銀杏和尚 講釈のよしずもひとへ山桜     東鶴自画    飛茶釜  炉ひらきの二階に飛た茶釜かな   待価堂果玉 無署名    土平飴  唄て飴おとこ小町や日傘      果然〟    (延享三年(1746)刊『俳諧時津風』に続いて記載されているもの)   〝富沢町朝市 番桝地蔵   湯島油上  以左羅古婦  題有画(「吉原細見」)    涼岷大黒  木遣     鳥越口罾  巻鬢     題有画(帙「花笄」)    兼平桜   忍倹飩    袖崎山荘  芝鋏切形   題有画(「あわ雪」)    赤坂奴   笠森稲荷   さつまいも 拳相撲    題有画(屋形船「吉野(丸)」)    大名倹飩  向岡雪    愛宕植木市 深川長慶寺  題有句中(「四ッ谷瓜」)    よみうり  狂歌坊    智え筏   十二十所権現 八人芸    哥煎餅   羽織長紐   四谷大木戸 扇屋染    覆面頭巾    山下敞膝  四万六千日  芝薬    としま屋   新町紙砧    吉原燈籠  書物師忠兵衛 経山寺味噌 目黒餅花   飛茶釜    土平飴〟   ◇『俳諧名物鑑』月    〝座頭角力 伸ばす手はなでるやうなる柳かな  風潮   無署名    日暮里  行ぬけに霞む竈の日脚かな     為仙   藍明画好    薮屋料理 蘚光る春や薮にも功のもの     簾風   藍明画    小六曲鞠 曲毬を上からおとす雲雀かな    園生   無署名    鍋島飾  一年の夜なべしまひや飾り藁    雪楽亀毛 梨中画(芳貫)    下村山城 銀だしの艶もかほりも初日哉    如寉   無署名    (看板「つやおしろい」)    真先田楽 ねや人来田かく串の竹の秌     藍明画賛好〟    (延享三年(1746)刊『俳諧時津風』に続いて記載されているもの)   〝志道軒    東山小粒   池の端槌屋   深川笊蕎麦    金燈菴提灯  牛込鷲    飛鳥山桜    海ニ住ム形ヲ持タヌ蝸牛    即坐図    藤細工    山本宮内    題有画 (地張幾世留)    紙屋五郎兵衛 女鳴神    女角力     題有句中(炭団)    満起せんべい 辻宝引    象股引     題有画 (瀬川帽子)    片葉芦    顔見世    湯島陰間    すいふくへ    玉川鮎    墨流     回向院     題有画 (浅草餅)    木葉煎餅   華塩     正燈寺紅葉   関口水車    市松染    富岡吹矢   丁子屋喜左衛門 関口田植    中野桃林   銘六一知   海老蔵蜻蛉売  柳原床鄽    調合満(染)艸 広沢石摺   題有画(しらみうせ薬)   ◇『俳諧名物鑑』月    〝句選武玉川 俳諧のながれすゝしや武玉川   君美斎   藍明画好    隅田川諸白 伊丹からぬるむや水のすみた川  沾社    藍明画    金沢屋丹後 朧夜は木々に花見る麓哉     女桐君   無署名    (屋根看板「上野黒門前 京御菓子所 金沢丹後」)    山屋豆腐  八朔や豆腐も白し梅の花     亀城    無署名    唐茄子   初夢や一ふじ二鷹十なすび    一絇斎果十 藍明画    錦絵    柳さくら画く御江戸のにしき哉  待賈堂果玉 無署名    (『舞台扇子(ママ)』『役者未(ママ)広鏡』の版本)    〈春章・文調画『舞台扇』は明和7年刊。『役者末広鏡』は未詳〉    笠森於千  梅の笠もりてや爰にせんじ花   欣蚕婦果貞 藍明画    焼餅    市ヶ谷にせ話やきもちの隙もなく          濡手で粟のこかねもちこむ    大伴時主 落書    (「文字 銀五匁」(明和2年9月発行) 「表「寛寶」 裏波形」の四文銭(明和5年発行))    新田大明神 ねぎ事のあたる矢口や弓はじめ  鬼粒亭餘力堂果文 無署名    日和下駄  ひると夜の理は火なりけりたか灯篭 輝雄自画 題在字頭       (延享三年(1746)刊『俳諧時津風』に続いて記載されているもの)   〝浮画      雑司谷会式   髪結床    題有画(仙魚画)    雑司谷百度参  池の端香煎   釈迦坊主   題有画(「麒麟之助」幟)    牡丹屋敷    鳥越馬鹿若衆  浅草団十郎艾 題有画(衣紋掛けに麻の小紋の着物)    吉原駕     浅草川猪牙   大和茶    浅草漉返    江戸川椎木   津打治兵衛   両面帯    雷鶴之助    豊後節     雑司谷風車   狌々小僧   中村屋貸物〟  ☆ 文化二年(1805)  ◯『江戸名物往来』亀屋文蔵板 文化二年三月刊   (国立国会図書館デジタルコレクション)  〝 江戸名物往来   夫東都之分野(ありさま)は 山遠く海近く 方廿里平地にして 日本無双の大都会なれば 慶長の時より以   来(このかた) 将軍家の御座所と為(なし)給ふ されば国人(くにたみ)温和にして 義を純(もつは)らに信   有て心寛大なり 抑(そも/\)此所勝地産物の数多なる其一二を 今爰に計(かぞ)へ称するに 先御廓内に   は諸御大名之御館御屋敷の結構 外には八百八町甍を並べて囲繞せり 大小名武家工商皆住めり 先本町駿   河町の呉服綿類糸物菓子餅の名家薬種問屋 室町の仏具筆墨硯鏡屋 十軒店の雛人形 浮世小路(しやうぢ)   の荒物 両替町の金座御為替仲間 瀬戸物町の飛脚屋雑穀乾物問屋 本舩町按針町の水油問屋 又魚類は伊   豆相模安房上総下総常陸 且当国浦々の品々並鳥類の朝市は 誠に他邦の人は目を驚かす斗(ばかり)也 大   伝馬には太物芳礼綿茶紙問屋 伊勢町小網町玄米(くろごめ)屋 通油町塩町の小間物地本絵草紙 大門通の   金物武具馬具店 富沢町元浜町は古着の朝市 石町之革屋 本銀(しろがね)町の紺屋 鉄炮町の鳥銃師 小   伝馬町の仏壇箪笥長持小箱塗物建具屋桶屋屏風師葛籠屋 馬喰町は旅籠屋附木綿帽子屋竹簾 亀井町の篭細   工浅草御門前の鍔店 両国橋の船宿見世物芝居楊弓場水茶屋    ☆ 天保頃(1830~1843)  ◯『江戸名物百題狂歌集』(文々舎蟹子丸撰 岳亭画 天保頃刊)   (ARC古典籍ポータルデータベース画像)〈刊年未詳。選者葛飾蟹子丸は天保八年(1837)没〉    江戸名物百題狂歌集(ARC古典籍ポータルデータベース画像)  ◇「初日」    うぐひすのすさきの沖のはつ日かげにほへる浪や花の紅梅    いたゝきに色もうつりて千代の春鶴のすさきのはつ日静けき    ふさ国のかたより出て洲さきうらはつ日のかげのうつるむさしや    〈洲崎 初日の出〉  ◇「年礼」    はつ日さすあけぼの鞘に小からすの黒八丈もめだつ年礼    梅がゝに酔ふうぐひすや江戸の春舌のまはらぬ年礼の客    あけぼのゝさやも目だちて小烏の黒羽二重を着たる年礼    年玉は不二にゆかりの扇にて末ひろがりにくばる年礼    年礼にまつきく屠蘇の匂ひ鳥声は預けて帰りかねけり    いそがしき去年にかはれど年礼のあしなみはやき大江戸の町    雪解(ゆきげ)する門口よりもたう/\と言ばをながす女年礼    礼者をばとそ酒よりも花の香に酔せてかへす梅のやのをち    屠蘇酒に酔はまはれど上下は行義あられにひだも崩さず〈行儀霰・江戸小紋〉    年玉は不二にゆかりの扇にて末ひろがりにくばる年礼    やり梅の二本道具にはこ柳大名日(だいみょうにち)にいでし年礼    とそ酒に酔ても間なく上下のさめこもんきて廻る年礼〈鮫小紋〉    春の日の長上下に年礼の袖ものしめのかすみたなびく    星ひとつかめにみするはつ日の出扇にのせてくばる年礼    板ひさしいためつけたる上下のあられも袖に寒からぬ春〈霰小紋〉    上下にあられ小紋はみすれども戸をばたゝかぬ今朝の年礼    化粧せし女礼者の顔までも土蔵つくりと見ゆる大江戸    〈裃・黒羽二重の年始参り〉  ◇「梅」    菖蒲をもふきし軒ばに紅の梅は根ざしの色をみせけり    うぐひすの爪にさゝばや美しき紅とく梅の花のした露    春はとく風の便りにたつふりと梅かゝもてこかつけものせん    一二りん花はさきてもたしなさにまだ隣へもやらぬ梅が香    花の香も風にひそみて臥竜梅さくらの雲をおこすまでさけ    舩長が棹さす舳にとまりてはむかふへわたるすだの梅がか    花の香の匂ふかたをばしるべにてたどりては来る梅やしき道    春雨の糸もてぬへばぬふ程にほころびめだつ梅のはな笠    うぐひすのはつ音の里の梅さへもさくやの雨に声ぞひらける    やり梅の鉄砲垣をのりこしてさきかけをせし花の勝色    梅がゝをとくもて来ぬはいづこにか風の使のまわりみちせし    佐保姫の化粧ひさしに美しく紅おしろいの咲わけのうめ    鴬は宿にそだてゝ梅やしき江戸すゝめらが哥やよむらん    いぎたなき家とはみえず鴬のねぎしは梅の花のかやぶき    声匂ふ鳥は及ばじ朝露の玉をふくめるかつしかの梅    中のよき風にはぐれてをさなくも袖や袂へすうか梅か香    臥竜のかたちの梅の真盛は匂ひの淵のぬしかとぞ見る    立かくる霞男の袖ひきて笑顔やうめのしら歯なるらん    うぐひすもしばし休らふ袖ひさしこゝらや匂ふ梅の下路    木作の針目衣に似げなきは紅すまをりのうめの花笠    ひと枝を押て乞ふれば莟ほどふくれ顔する梅守がつま    遠目にはほし月夜ともみえにけり鎌倉河岸の梅のはつ花    梅といふ文字書筆の匂ひさへきへえそうしの闇はあやなし    かぞいろの雨にうたれてさく梅もいさめの状のこゝちするらし〟    〈根岸 梅が香 須田の渡し 臥竜梅 梅に鴬 鎌倉河岸〉  ◇「柳」    降つみしわたの淡雪風にちりてよりもとりし青柳の糸(画賛)    軒のつま化粧たつ木にいかゝれるは愛敬髪や風の青柳(画賛)    春雨のあらひ髪とも見ゆるかなぬるゝ柳をむすぶわら店(画賛)    去年の雪つくねておくは見にくしと柳は髪をむすび初けん    琴糸と見なせど風に音せぬは陶淵明がめでし青柳    まだかけぬ琴の糸とも見るまでも風にこゑなき青柳のえだ    去年の雪根元にまとふ葛引と見えて似合し青柳の髪    春雨に寒さのよりや戻りけんぬれてふとれる青柳のいと    若かへる春や来ぬらん姥ヶ池石のまくらにあを柳のかみ    柳はら床見世に釣る花田帯染かへしたるこのめはる雨    みどりなす水とは色をあらそはでながるゝかたへなびく青柳    花かさの崩れてちるは枝かはす柳のいとやほつれたるらめ    さく梅の火ともす岸に白魚とる網とひろごる青柳のえだ    遠慮なくかすみはたてど青柳は風にかたよる大名小路    くる/\とうづをまき込川風のなみにあやとる青柳のいと    くしがたの月もさしたる夕化粧えもん阪より見かへり柳    つくろはぬ神代の侭の春にあれば柳も髪はむすばざるらん    すみだ川花に千筋の糸ならん木の母寺の春の青柳    玉川にさらすたつくり手伝ふて臼をさゝける柳をかしき    春風に根のしまりさるさし柳むすびならひの髪もみだるゝ    はる風にみだれ姿や青柳の髪なであげる三日月のくし    隅田川水に影うく月の猪口ゆふ日の紅に筆のあを柳    のどけしなそよ吹風の手伝てあらひ髪する角田の青柳    みめのよきはなより心やさしくてきのすなほさよ青柳のいと    くみおきし妹かたかひに影とめてよごれぬ髪を洗ふ青柳    ふられたる客ををかしと見かへりの柳のめさへふき出してけり    あさみどり染なす糸の紺屋町土手の柳をはつ仕事にて    見かへりの柳の客はうかれ女のうそのなみだといふべかりけり    引よせて艶や春の弱むすび風ふきとくな青柳のいと    兄と呼花もろともに風になれし柳はうめの妹にやある    下げ髪の風にからみし糸柳をとく吹とかせ三日月のくし    つくば山見ながら岸に舟つなぐさびぬくさりや青柳のえだ    巾せまき霞の帯をしめぬるはむかし女の青柳のかみ    雨をよぶ蛙の顔にふりかけて水なぶりするきしの青柳    柳原土手の出茶やがいとなみも細きけぶりをたつる青柳    ほし見世の軒のつゝれに風ふけば糸くちみだす土手の青柳    春風に柳の糸もおひざもとわけてかしこくなびきこそすれ    朝露の枝にとまりてまゆ玉のたまにも似たる春の柳か    雨にあひ風にあふてもしとやかに土手の柳のこしはひくかれ    たばこ吸火をかりんとて立よれば賤が軒ばにけぶる青柳    雨そゝぐ見かへり柳これのみは髪あらひ日もさだめざりけり(拾遺)〟    〈青柳の糸・髪 春雨 柳原 吉原土手・見返り柳〉  ◇「鴬」    花の香は梅見の客にとめさせて羽袖をふるふ枝のうぐひす    花笠の雨にぬれてやうぐひすの柳のみのをかりにきてなく    舟板をもて作りたる床の間に琴ひきそむる篭のうぐひす    是もまた壺の中なる天地や月日のめぐるうぐひすの篭    鴬は口にふくめる玉つしまかすみの衣をすきとほるこゑ    所がらねぎしの里のうぐひすにぬはせて見たき園の竹笠    青柳のいと一筋にとまりてや須磨琴ひきてあそぶうぐひす    唐うたを教へし蜘を餌にはみて大和哥よむ春のうぐひす    鴬の籠はゆかしき格子窓琴ををしゆる家にやあるらん(画賛)    汝がぬふ笠も名におふかゞやしき梅もゆかりにき来なく鴬    枝葉しげき竹の根岸の隠家も月日はめぐる鴬のこゑ    盲から吾妻の森のうぐひすははたはりのある声をたてけり    夜飼せしくせのつきてやまど近く火ともす梅に鴬のなく    うゑ木やの手入の梅にうぐひすの声も高田のほとりにはなく    雪ふかき山も春来てうぐひすのこゑよりこぼす瀧のしら玉    花笠をぬはでやあらんうぐひすよのどけき空にいとの遊べば    梅がゝをふきしく風に素直なる柳の笠をぬふかうぐひす    あれはてし賤がわら屋もうらやまし鳴うぐひすの月日もるれば    竹のはのしげみになけばうぐひすの声の月日も朧なりけり    漸々とおさなき春の立ころはまだ舌足らぬ藪のうぐひす    梅に来て旅うぐひすはひと夜さの無心躰なる哥やよむらん    よみ哥は和泉式部やまねぶらん軒ばの梅になるゝうぐひす    だみもせずその音もたかき大江戸の根岸の里のうぐひすの声    江戸なれば京鴬もむらさきのうへなき色に染しはつこゑ    夜飼せし籠のうぐひす庭のこゑはるはさうしのうち外に聞    天地はとても及ばじ諸人のこゝろうごかすうぐひすのうた    ぬふ糸の雨にぬれなん柳にもはな笠きせよ梅のうぐひす    寒ささへ俥を引たるのどかさは琴ひく鳥のなく臥竜梅    〈根岸 高田 夜飼とは鴬を早鳴きさせるために、冬の夜、灯をともしたり餌を与えたりすること〉  ◇「初卯」    みつき荢のはつ卯詣のいへつとはいとの柳のぬひしまゆ玉    初卯の日藤をもまたで亀井戸は蜆にみするむらさきの露    たいこ橋わたるころしもとん/\とあがる初卯の巴屋のきゃく    夕やけの初卯戻りやまゆ玉の星をとばしていそぐ辻かご    信心と遊山と春のはつ卯には二すぢならぶわり下水道(画賛)    〈まゆ玉 亀戸天神 巴屋〉  ◇「草双紙」    封のまゝまだひからざる草双帋つぼみの梅にそへし年玉(画賛)    降ながら露めるけふはうるほひの草双帋にもえらむ春雨    むらさきの表帋もめだつ草双紙江戸の水をも聞す口上    貞柳のみどりの和子が手にふれてまだうら若き草双紙かな    絵双紙のはてはめでたし幾千世をいはふ鶴屋を板元にして    大なる株をわかちて大江戸にとし/\ふえる草双帋見世    古ふみの種よりめぐむ草双紙いだすも鶴屋蔦屋なりけり    書のしにわらひをみせて年玉におくれず春にもゆる草本    おもしろや芝居かゝりの草双し只だんまりの春雨のやど    下もえの黄表帋までも春されば芽出たからるゝ草双紙かな    むさし野に打出す秋の草双紙つけし表紙も萩のにしき画    春雨にねよげな人の伽となるはまただうらわかき草双帋かな    草双帋表紙の梅の紅ずりはこと葉のはなの封切ぞよき    春の野もさくやすみれの草双紙ゆかりのかたの子らへ手土産    白帋の封をかけしは人の手にふれぬ雪間の草双帋かも    〈鶴屋・蔦屋は草双紙の板元。黄表紙・合巻は正月の景物〉  ◇「会初」    書画詩人けふもつどひて世の用はかくこと多き春の初会    題にかへ子の日の小まつ野のわかなとかくひかるゝ人の詠そめ    めでたしといはふてちらす題すりに大のしとせしけふの詠初    一とせのこと葉の花を咲せんと心の種をおろすうた人    かつしかの梅さく春の柳はしうたよみ鳥もづどふよみ初    〈両国柳橋の大のしは河内屋・万八楼とならぶ書画会の晴れ舞台〉    ◇「日本橋」    春うらゝ不二を南に日本ばし山なす人のしげく鳴沢    唐めかすてんぷら売も日の本のはしの袂にすがるめでたさ    魚へんに雪をつみても日の本のはしのほとりはきゆる朝市    日本ばし子等が遊びのはつ登城御鑓ごめんのこむ(ママ)奴凧    松の魚ひさくころには日本ばしみどり色めく青ものゝ市    不二はれて裙にかゝれる日本ばしかすみをわたるやうな朝市    日の本の名にあやかりていくよろづとしをへの字のはしぞ久しき    青ものゝいつもたえざる日本ばしとなりにもやす室町あれば    春雨に山もわからぬ日本ばし下に不二見る河岸の苫ふね    日本橋不二もかすみの横たえてむらさきみする春ののり売    するが町近くすまひて日本橋めもとに不二の山をみるかな    日本ばし旭に雪のきゆることうれるもはやき不尽の白魚    日本ばし不二もかけにやなりぬらん多くの人の山をなす時    武士の多かる江戸は大小の往来たえせぬ二本ばしかな    けさ春のわたるかすみの日本橋むらさき海苔もひさぐ商人    哥よまぬうぐひす菜うる日本ばし守りの鬼やひしぎかぬらん    雲の袖すりあふ市も日本ばしくらげの月にはた星かれい    大江戸の要なりけり日本ばし扇の形のふじをながめて    おそろしき人の山ぞと駿河から不二ものぞいて見る日本ばし(画賛)    〈富士 霞 朝市 河岸 苫舟 駿河町 青物市〉  ◇「魚市」    橋番の鬼も笑はんことしから売る来年のなつの青もの    日千金落るところは半台も小判形なす魚のあさ市    ゑみす講にはほど遠き朝市に鯛をならべて売る西のみや    かざり松たてたる門の魚市に木のはかれいのうら白もあり    めぐりつるとしの新場の車ゑびあたり近所もはねる初売    年の灘こしては春の鳴門鯛うづまく市のうりそめの人    魚市に買ひし鮑を人の波くゞりてもつて出(いづ)るあま店    このあたり梅はなか/\あき人の袖なまぐさき魚のうつり香    春にあふ魚商人はうれしさを何につゝむぞ袖のせばさに    〈鯛 海老 鮑 新場 尼店〉    ◇「猪牙舟」    一二りん影うく梅の星の中へ三日月みする隅田の猪牙舟    酒の香の匂ふ新川しん堀の猪牙にゆられて酔ふ人は誰    鉄炮洲はしれる猪牙のむかひ舟のせたる妹や何匁たま    猪(ゐ)の牙の舟は北むくあげ汐に馬よりはやくはしる駒かた    板戸よりはしりのよきは猪牙舟のみそ川?を出て行く油堀    うかれ女に夜はもたれて猪牙舟にひるはゆられてかへる客人    弓張の月のひかりによし原へそれる矢さきにはしる猪牙舟    猪牙舟はみな夕月のかたちにて三谷堀へといそぐ夕暮れ    いそぎ行跡しら浪の猪牙舟は手軽う廻る小新地のはな    闇の夜の鉄炮洲からいそぐらしむかふみずなる猪の牙の舟    猪牙舟にたばこの火縄匂はせて鉄砲洲からかよふ深川    みどりなる若ばの春の柳はし火縄もほそくけぶる猪牙舟    象牙くしさす手弱女の乗にけん柳の髪につなぐ小舟は    艪の音も雁とこそきけ隅田川花をみすてゝかへる猪牙舟    秋萩の花むらさきの蒲団きて尾花屋につく猪の牙のふね〈深川の料亭〉    猪牙舟にたばこの火縄けぶらせて鉄炮洲へもむかふ舟どう    三日月のちらりとみえて山谷堀西へかたぶく猪牙ぶねの客    さゝがにのをしへし舟に猪のしゝの牙てふ名をばなどて負せし    養由が一葉の舟も矢のごとく新地のはなにちる百歩楼(画賛)    〈新川新堀・油堀・鉄炮洲・深川新地・山谷堀・吉原・百歩楼は深川新地の遊郭〉  ◇「初午」    九郎助のいなりまつりにかしましきたいこ大勢まゐるはつ午(画賛)    色紙の幟の空ははつ午に鳥居の石を根とやなしけん    はつ午の王子みやげをわらわべにやるにも袖をうごかして出す    稲荷山同じ末葉の杉の森もとつはよりも今は栄へつ    明つぐる烏森とてはつ午に日の出役者のかぎりものしつ    三めぐりや五色幟のかすみにてけふは鳥居もねからみえざる    烏森初午かけて出る子らもうかれてあそぶ燈篭の月    はつ午にかけ燈篭のかゞやきて日影町とはよめぬ夜まつり    初午の日はいつもよりにぎはひて詣(まうで)る人のそですり稲荷    更るまで老も若きもうかされて夜宮賑ふ茶の木のいなり    初午に人のつどひてもとつはの杉のもりこそにぎはひにけり    油あげはきつねはめ?なんくたかけの鳥居の数のふゆるはつ午    はつ午にそなふこはだは新らしくやき直せしは地口燈篭    〈幟 地口灯篭 九郎助(吉原) 王子 杉の森(日本橋) 烏森(芝日影町) 三囲(向島) 袖摺(浅草)     茶の木(市ヶ谷・芝・人形町か) くたかけは鶏の古名〉  ◇「野遊」    春の野にその日くらしの拾うまと世帯にしまぬ若竹のつま    摘草はまだ下もえのたしなくもうれしさは身にあまる野遊    のどけさに皆うちむれて若草のつまも子守もあそぶむさし野    にはたづみ飛々行て若ばへの鷺草も見る春の野あそび    むらさきの霞をよるのものにして菫さく野に一日きてねん    すみれつみわらび摘にもどよめきて野も紫のちりに霞みぬ    〈摘草 武蔵野 吸筒(水・酒携帯容器) にはたづみは雨後の溜まり水の流れ〉  ◇「雛」    行義よく並べて立るひな市にくるふ相場は居らさりけり    奈良阪やこの手を打て雛市のにぎはふ見世もうら表なる    室町もにぎはふ花のいやよひは御所をうつせる市の京雛    大内をかりにまなべは賤か家もとりあはせよくかざる雛たな    九重をこゝにみやこの大裏びな十けん店も人の山城    市人が客に直うりのひな屏風まふけもてふと折かへしなる    のれんにはいせやと書て業平のあつま下りもみゆる雛市    はたからもたいこたゝいて賑はひぬ五人はやしの雛のうり買    海ばらは汐の干潟となるころに人の浪たつ江戸のひな市    異国に真似さへならぬひな遊び行義正しき御世にかざれる    貫之の古今のひなの帳合ををうなもすなり土佐硯石    夜ばかりうるかつらぎのかみひゝなひるは見にくき市の古もの    古今ひなかざる時さへ人丸のかみにたつ事かたき赤人    直をつけて安く買んと相談に手もなくまけしかみ雛かな    京雛もあづま男にはちやせめ顔をかくして居る箱のうち    むさし野の原舟月がひな店も行さきわかぬ人こみの中    大江戸の市にならびて目だつなりひなも都の手ぶり人形    いやたかき雲井をうつす雛市の直にもだん/\位あるらし    長持をねだる子よりも母親の先棒になる雛の市みせ(画賛)    〈雛市 日本橋本石町十間店 京雛 吾妻下りの業平雛 葛城紙雛 原舟月〉  ◇「白酒」    名代にて売るしろ酒に賑ひし人をもはかり出すとしま屋    盃にうけてだん/\雲かゝる山はまき絵のふじのしろ酒    臼のめの谷間をいでゝかはら家の浪間にいつる雪の白酒    水もちのおはぐろくさくなるころに白酒ひさぐ豊島やの見世    白ざけのまだ口あけもせぬうちに人からさきへはかるとしま屋    山川にみなぎる瀧のしろ酒に人の浪うつとしま屋の見世    あき樽を不二ほど高くつみあげて白酒うらん豊島やの門    雛だなの花の銚子にをり形の蝶まで酔ふてねぶきしろ酒    山々のもてなしぶりや雛棚へよしのゝさくらふじの白さけ    あづさ弓引しぼりたる白酒を矢野のつぎてのはやき店先    としまやがうる白酒はふじがねの雪にかも似て夏までももつ(画賛)    としまやにひく白酒の石臼を◯として人の雲はなすらん(拾遺)〟    〈豊島屋 積樽 群集〉  ◇「桃」    美しきかゞみが池に姫もゝのむかふ笑がほやはなのすがたみ    下戸ながら出て戻りは酔にけり桃のさかりのはな見一むれ    山出しのおとなしげにも物いはぬぶつきらばふにさく桃の花    秋もゝとよばるゝ花のさかりにもおどろかれたる風の音かな    笑ふのみ花ものいは柔和さはけつかうすぎた庭の姫もゝ    さく桃の花に空もや酔つらん出ありく雲のあしもみだれて    ますら男の雉を射る野に物いはぬ桃の初めて笑ふをぞみる    年老し小町さくらに並びては桃は娘のはなざかりなり    兄とよぶ梅のためには妹にてすゑの子ほどにめづる姫桃    〈姫もも〉  ◇「花」    けふ来ずばあすかの花もかはらけのなげやりとまでいはん友達(画賛)    家根舟のすだれの霞渕ちかくたゝみてしるき隅田の桜見    かねにちるさくらうつして花にまた金をちらせし吉原の廓    貴妃が紅さしし牡丹に蝶も羽のおしろいをとく花の朝つゆ    名にたかき雪とこそみれ不二に似し雲の上野の花の盛は    飛鳥山木の下蔭の目かくしは花に慾なき人にこそあれ    扇やの酒ものむまじ飛鳥山けふは花見るかなめなりとて    けふは隅田あすは飛鳥の花見時霞の衣たゝむ日ぞなき    隅田つゝみめをすり出すわか草もちりし桜の雪の下もえ    ものいはぬ花をほむれば女同士物いふはなもおもはゆげなり    浅草の石のまくらは名のみにて下臥やせん姥さくらはな    春雨のはれてしけふは哥人の筆も笠ぬぐはなの木のもと    はる雨にぬれし袂は侭にして花には幕をしほる諸人    さき揃ふさくらの花の中の町切手ほしがる女中見ぶつ    ほりものゝ龍やうかれてのりつらん上野の山の花のしら雲    ふく風を頭痛にやみし庭守がひたひをたゝく花のたれ枝    入相のひゞきもこゝにかねが渕しづめて見たき花さかりかな    盃にうつれるかげはうるし画のおもかげ見する月の夜さくら    卯の花の月を都といふならば春のさくらは花の大江戸    水上にかねをしづめて此方は花にのどけき隅田の夕くれ    ゑひしれし気違水に忘れてやわりごをさがすすだの桜見    つく事を花にいとひてかねが渕そのかみよりやしづめ置?けん    上野山さかりは雪とすみなれや黒門まへにはなの白妙    舟つなぎ松のあたりに見わたせば飛鳥は花の浪たくみゆ    飛鳥山風に動かぬはなの雲は石碑を根となして咲らん      さく花に風をいとひて上野山坂に屏風の名やおはせけん    美しき小町さくらのさくために春雨を乞ふ花守もあり    いせさくらまねくによりて諸人も花のおかげで参る春の日    さく花の雪のおもりし片のりに家根もかたぶく隅田の川舟    糸竹に四方のさくらを引よせて吉野に似たる花のよし原    ちる花をあひし東の比えおろし雲の下谷も雪と気遣ふ    弁当をひらく花見の飛鳥山めにつくものはさくら煮のたこ    大門のうちは月夜の仲の町桃灯さくらさき揃ふみゆ    角田川花にくもりてさだめなき空生酔もうかれ出けん    御殿山模様の花と見るまでにうつれる袖の浦もうつくし    いく代々もたえせぬ家の名とり草紅さす花やくまどりの色    上野山姥?をば留守に捨置て信濃阪をもこゆるさくら見(拾遺)    〈隅田川(堤) 吉原(仲の町) 上野山 下谷 飛鳥山(扇屋・石碑) 鐘が淵〉  ◇「汐干」    汐干狩ふみにごす水のむら雲にかげをかくすは星かれいかも    ぬき足をしつゝ貝をもひらひけり鷺のすさきの汐干狩には    花の雲うきたる磯の干かたにはそれほしかれいそれ月日貝    板屋貝ひらふはづみに袖もれてかげさす月の懐中かゞみ    淵明が琴にも似たる舟の内しほ干に菊のほしかえいみゆ    磯遠くこは/\あゆむ汐干かた鮫洲の沖の妹がわに足    汐干狩むらさき貝もひらひけりさく藤棚の竹芝のうら    しほひ狩うき世はなれし家根舟は棒杭に見る松の下菴    うぐひすの月日貝をも拾ひけり古巣の名ある竹芝の浦    落葉◯く松棒杭にくま手をも持てひがたにほれるはまぐり    よむ歌に硯のうみもひるばかり汐干のながめ深川の茶屋    子安貝たつねわびけりつばくらのすさきの沖に汐干狩して    をしへねど子らはかしこし汐干狩りこしをかゞめてひらふ蛤    まゆつくる山を霞の棚に見て桑つむ妹も汐干にぞ出る(画賛)〟    〈潮干狩り 洲崎 鮫洲 竹芝の浦 深川〉  ◇「梅若忌」    うめわか忌塚を目当にこぎゆけば火縄もけぶる柳葉の舟    念仏をまうすそばから数珠の如風にえだする塚の青柳    つくばねを見る梅若も春ふかみ柳のは山人のしげ山    梅わか忌土手にくわへる桜張よし田火口もにほふ参詣    しるしとて植し柳の上越して梅若塚にけぶるせん香    〈筑波山 柳。桜張は桜の皮を張った煙管。火口(ほくち)は東海道吉田宿の名産〉  ◇「浅草祭」(三社祭り)    陽炎のひかりはなちて浅草寺かすみの網にかゝる御仏    すみだ川霞のあみをひく頃は三社の神もいさむ祭礼    御まつりに明ほの染のそろひ衣(きぬ)ねりこみ目たつ紅屋横丁    月日星かざる御こしに出られて雷門もちひさくぞなる    御まつりも北の翁が馬みちにおもはずすねをくぢく見物    むら雲の中町過て月鉾も松の並木へかくす御まつり    〈三社祭り 曙染めの揃い衣 紅屋横丁〉  ◇「藤」    日のながき春にあまりてさきぬらん隣の夏へかゝる藤なみ    此ころはしゞみも色をうばわれて紫目だつ亀井戸の藤    ちらぬのを松のみどりにならひ得て盛はながしふぢの花房    春風に人のこゝろも打よせて夏の根岸にさけるふぢ波    いそがしき見世を見かねておのれさへ軒にたすきをかける藤浪    住吉の宮居目当にもゝ舟の佃によする藤のしらなみ    むらさきの色こき藤は灰あくの入りたる酒を根にやどしけん    みやひをの作りてさけるから歌のふみや負ふらん亀井戸の藤    春ふかき松葉が谷の出開帳つまぐる数珠やふぢの花ふさ    皆人のちり立て行賑ひは江戸むらさきの花のふぢ寺    万年もかはらで咲けよ藤の花自由自在の亀井戸の神    さしぬきの色とこそしれ位ある松にかゝりし藤のむらさき    ふぢの花うつる池より折る人に白太夫こそよきかゞみなれ    風やどる松にまとひて咲藤の花の波にもこゑはありたき(画賛)    〈亀戸天神 根岸 佃島住吉社。松葉か谷は日蓮ゆかり、鎌倉名越の妙法寺。白太夫(シラダユウ)は天神(菅原道真)に忠義     を尽くした農民〉  ◇「躑躅」    屏風岩たてる弥生のひな棚に敷(く)毛せんやさく紅つゝじ    縁さきにもゆるつゝじの鉢の木は花の雪ふる宿のもてなし    〈最明寺時頼入道の「鉢の木」〉  ◇「牡丹」    花ひらのいやしからぬは天ねんと株も大きく咲く富貴草    名にたかき木場の庵に来てみれば牡丹は実にも花の親玉    花の王あるひは富貴と呼るゝもうらやましけれ能名とり草    貴妃が紅粉(べに)さしゝ牡丹にかたつぶり角のかざしも花に似合し    春夏をへたての垣のとなり草我宿顔にぬる蝶はなぞ    つくりなす木場は盛りと成田屋の牡丹も春の花の親たま    時宗は家の株なる木場の庭にさかおもだかの鎧草さく    貴妃が名の牡丹のはなの紅(くれない)は小町紅粉(べに)さへ及ばざりけり    成田やの家の株おって花びらのさても大きく咲富貴草    まれものと人のほめたる富貴草三升にむすぶ庭の袖がき    春十日夏を十日花さかりはつかの内とめづるぼうたん    富貴艸ひらく庵にとふ人はまづしからざる三升連中    弓矢神ます奥庭の園生ふは鎧草てふ花を見るかな    〈牡丹といえば花そのものよりも、木場の親玉・五代目市川団十郎を連想するらしい。三升は定紋、牡丹は替紋。小町     紅は高級ブランドの口紅〉  ◇「諸国出開帳」    名にひゞく那智の大悲の観世音滝のおと羽に出開帳せり    秩父から来る御仏も大江戸へ札をうちてぞはやるかいちやう    角力場のあとへ宿祢の出開帳ひねりて投げる数の賽銭    嵯峨の釈迦回向院にて開帳と汗をもふきて参る夏の日    あつき日も汗をふき/\講中のいてう世話やく嵯峨の開帳    まんまくもにしき色とり萩桔梗野べに名負はすさがの開帳    善光寺かいちやう仏のいろなして臼にのせつゝ粟餅やうる    出開帳さが野の釈迦に女郎花まなめく色は参詣の妹    三国をわたる仏の開帳に両ごくかけしはしもにぎはふ(拾遺)〟    〈護国寺 回向院 開帳 那智補陀洛山寺観音 秩父観音 嵯峨釈迦 善光寺如来。     弘文堂の『江戸学事典』によると、善光寺如来の回向院開帳は文政三年(1820)が江戸時代の最後。嵯峨釈迦は化政期     以降では文化七年(1810)・文政二年(1819)・天保七年(1836)。秩父観音は十二年に一度午の年の開催、文化七・文政     五・天保五年が相当する。補陀洛山寺観音の開帳は不明〉  ◇「両国」    虫籠の舟もつなぎて商人のほたるはな火もあぐる両国    神事舞余念なく見るそのうちに夕日もはやくめぐる両国    涼しさは手もぬらさずに両国のはしの袂へ入るゝ川風    軽わざの小家のかゝりし両国にかすみの糸をわたる三日月    両国にたつ花市にになひ来て萩に水かふ駒止のはし    両こくの川を見はらす講釈も水のながるゝごとき弁舌    目に見えぬ秋やかよはん両こくの川に荻江のさわぐすゞ風    軽わざの妹がくも舞見に行かんかねてしらせの京わたりとて    もの日をばあてゝ客待矢場女的ははづさぬむかふ両ごく    落さうな時雨の空のあふなさにかさもて綱を渡る軽わざ    からくりの花火見んとて見物の一ッ目までものぞきあゆめり    見せものも所あらそふ蝸牛角の上なるふた国のはし(拾遺)    めじるしにすねはきれども膏薬におのが命をつなぐ辻うり(画賛)②37/56コマ〟    〈花火 納涼舟 講釈 軽業(くも舞・綱渡り) 矢場女〉  ◇「初鰹」    酒の池肉のはやしのよし原に松てふ魚もめでずやはある    卯の花の雪より先へはつ松魚小笹をねせてうへにつみけり    背は青葉腹は霞のくまとりて春のかすみを見るはつ松魚    はつ物の七十五日おろかなり松の魚には千代やのぶらん    はつ松魚めづるさしみのつけ合(は)江戸紫のしそのふたつ葉    山吹のいろにかへぬる初かつをみになるほどはくばれさりけり    きのふまでことばの花のさくら鯛けふめづらしき松の魚かな    つれ/\に書◯たるはつ松魚法師の口の毒にやあるらん〈◯は「違」の異体字「辶」+「麦」〉    いかばかりぞと直をとはん作り身の筏にのせて出すはつ松魚    大名のあたま数にもたらざるは江戸の走りのゑほし魚なり    鯛を名に呼びしさくらも若葉してみどりの色そふ松の魚かな    南京のさしみ皿何藍色のおよばん江戸のはつかつをには    わた出して作るかつをのはには客の腹までさぐる料理屋    一ふしはかふて賜はれけさ夏の頭にきたる立ゑぼし魚    〈ゑぼし魚は鰹の異名。初もの延命七十五日とはいえ、価に山吹(小判)とは、とにかく高い。兼好法師『徒然草』百十     九段、鎌倉の鰹について、今でこそもてはやすものの昔は下賤の食べ物だったと、老人の話を記す〉    ◇「時鳥」    ほとゝぎす弟こひしと鳴つらん兄てふ梅の若葉するころ    時鳥聞たはづみにふすべ火へ手水ばらつくむら雨の空    時鳥一こえのみになかさぬはむら雲の袖やくちへあてけん    手をうけて待人もやと雲井よりこゑゆり落すはつほとゝぎす    ほとゝぎす一声おとす跡見ればたゝ卯花の月ぞのこれる    はつ声は車阪までとゞろきぬ花の上野の山ほとゝぎす    夜をかけていそぎしゆゑか一声でしりのきれたる沓手鳥かな    田町をば脇に見なしてほとゝぎす月の岬へおとすひとこゑ    海のものあまたひさげる朝市にこゑめづらしき山ほとゝぎす    ほとゝぎすきくうれしさよ惜まれし春も今日よりうとまれにけり(画賛)    かはらけを投げる飛鳥の山近く横にそれ行くほとゝぎすかな    沖を行く船の目当と成ぬらん声高輪にきくほとゝぎす    うなされし子におこされて幸ひにねたらぬ夜半にきく時鳥    春の夜のねぶたきしまはぬき◯ぬめざましきほどなく郭公    うゝつなる初音を夢の通ひ路にきくやまくらの山ほとゝぎす    卯の刻の雨はあがりて旭さすてりふり町になくほとゝぎす    行く春の霞が関を打越て青山になくはつほとゝぎす    雲の袖包みあまりし一声は嬉しの森にきくほとゝぎす    こがれにし去年の馴染の沓手鳥門にかさんる初音うれしも    らかん寺に経よむ声をほとゝぎす親に似たとて鳴にこそあれ    江戸にてはこゝをせにせんほとゝぎす四ッ谷丸太の杉のむらだち    寝もやらでまつ夜はなかでほとゝぎす頼まぬ蚊にぞ血ははかせけり    ほとゝぎす多くの人にひと声はふりかゝるやうなゆふ立のそら〟    〈沓手鳥(クツテドリ)はホトトギスの異名。月の岬は三田の台地。四谷は杉の丸太の産地。江戸市中いたるところ、ほとゝぎす     の初音なのである〉  ◇「蛍」    竹取のふみ見るまどにむれて飛ぶほたるはやけぬ火鼠の皮(画賛)    追かくる子等あぶなしと蛍より手に汗にぎる親こ/\ろかな    智のありて文よむに人にまつはれる蛍も水はたしむ?なるらん    うき草や化して蛍となりにけんむしのひかる夏の夜    取得てし少女が袖の扇つけまたもくゝりてにげし夏むし    雨の夜も池のほたるのかげみせて空にしられぬ星ぞうつれる    なつ虫の玉のひかりを◯るかな孔雀長屋の夕やみのそら    柴垣の枯木に花のほたるには観音草や化してなるらん    ほたる狩隅田の堤に煙草のむ火だねは風につい取られけり    五月雨のはれ間にまれな星なりとみれば軒ばの蛍とびくる    そのひかりきんの要とみる蛍扇の堀のあたりにぞ飛ぶ    にごりなき子供こゝろのすみだ川蛍おさへて堤ゆきけり    むさし野の草や化しけん逃水のにげて手にだにとれぬ蛍は    よもすがら狩れどほたるの尽せぬは浜の真砂のひかりなりけり    追行けば団扇の月にけをされて蛍の星もみえずかくるゝ    星ひとつみえぬ五月の宵闇にほたるはてらす夏の月くさ    ちればちり消ればきゆる夏草のほたるは露のまぎれものかも    虫篭の舟をもはるかこゆるぎの磯のかゝりと見ゆるほたるか    山吹のいろにも庭のほたるかけされどみになる文よませけり    あやめ太刀作るあたりのつば棚にこゝぞ目ぬきとほたる飛かふ    よひやみに我をわすれて蛍沢ほたるさわぎに人もとびかふ    しばしとていとひし人の魂ならん柳のもとをさらぬほたるは    はづかしや学ばぬ窓に反故張の文字をこらしてほたる飛かふ〟    〈蛍狩り 隅田堤 孔雀長屋(浅草田町) 五月雨晴れ間 団扇〉  ◇「青鷺」    鐘が渕見おろす岸のうづまきて鷺のみの毛青き水いろ    交りて柳と水の色さしにそみし川辺の青鷺もがな    江戸へ出てこかねと化ける活鳥は闇にひかりを見せし青鷺    〈綾瀬の鐘が渕〉    ◇「活鱸」    川風になみに高瀬のいけす舟苫?はねて居鱸すゞしや    活すゞきまた来ぬ秋のすゞしくてるりを添たる猪口の朝かほ〟  ◇「納涼」    毛せんのもみぢもめだつすゞみ舟かよふ誰鹿(スイカ)の角の三股(画賛)    うたひ女のひたひの不二の根颪に時しらぬまですゞむ家根舟    ものゝふの鎧のわたし羽織さへ風のいる矢に母衣をおひけり    薄ころも背中に汗の雲の峯崩すゆふべの風ぞすゞしき    すゞしさは業平菱の染ゆかた河内もめんにかよふゆふ風    すゞしさに秋のかよひて此ころのあつさは留守の川添いの宿    角田川団扇も風に吹あげて月とみまがふ夕すゞしき    すゞしさや昼のあつさも風にきえて行衛もしらぬ夕立の雲    なつの日の長きも持し扇をもわすれてすゞむ川添のちや屋    今までのあつさ片よる竹床机ひつくりかへすほどにすゞしき    あつさをも水にながして盃に月をひたせる舟ぞすゞしき    永代の橋辺の舟のすゞしさは夏にわかれの渕とおもひつ    あつさをばうばひとられて嬉しさは海賊橋の夏の夜すゞみ    うち水に月の宿りてすゞしさは柄杓持つ手もしばしたゆたふ    〈隅田川 屋根船 うたひ女  鎧の渡し 業平菱の染浴衣 団扇 打ち水 三つ股(三又) 永代橋 海賊橋〉    ◇「鮓」    常盤なるいろを日の出の松のすし見世さきかすむ人の山々(画賛)    まき帋と見るのり鮓に葉せうがの芽をも添て出すすゞり蓋    かんてらのかゞりのかげに若鮎のすしも手早くさばくうの丸    うづしほに魚をねかして作り身にまくらぎあつる松か桶すし    つまにそふ蓼もせうがもからさきや江戸に一ッの松のすし見世    靏遊ぶ千代田の里にうり初て日々にさかへる松がはやずし    湖水よりもてきし鮒の一夜鮓不二の雪ほど飯の真しろさ    もゝ色のふきんの切れに下染の口なし見るする玉子すしかな    不二ほどはたゝぬ烟りの細元手すしは一夜につくりながらも    常盤町ほど近ければ松のすしいつもかはらぬ味(は)ひのよき    柳はの蓼も一入うち水の時雨に染ぬまつのすし見世    常盤町脇に見なして松がすしいく十かへりも客のにぎはし    ひさくゝる露のひかりも玉さゝの千とせをいきの松の魚すし    名物の江戸むらさきの色みせて霞につゝむ春の海苔ずし    人の波打よる度にうごけるはあたけの松につなぐすしふね    いそ山の松がすしとや技重みとまるみさごもしらぬあぢはひ    〈松鮓し(深川安宅) うの丸 鮒の一夜鮓 玉子すし 海苔鮓。常盤町がなぜ出てくるのか?〉  ◇「鳥指」    うへを見てくらす業なる鳥さしはこゝろの外の笠をかぶりつ    ねらふたる雀はにげて葉隠の花にこゝろのとまる鳥さし    木にもあらず草にもあらぬ竹竿にわからぬ音よ鳥さしの笛    なりわひになれて雀も二羽三羽しば/\さする鳥さしの棹    帰るさに鳥のねぐらもみなれ棹夕月のさすすゞめいろ時    身におもきつみとおもへど鳥指はれんじゃく鳩にしよはすもち棹    鳥さしの我家へさして帰るさは腰にも見ゆるすゞめいろ時    後の世の地獄のつみとしらずして鬼瓦なる鳥やさすらん(画賛)    〈竹竿 笠 笛 雀。幕府の御鷹匠に属し、鷹の餌にする小鳥を捕獲する〉  ◇「太神楽」    牡丹にもくるふさまある神楽獅子いつも富貴の家にこそ舞へ    傘形に人もひらきつ大神楽水の曲よりあめをふらせて    声立てゝ玉をころがす大かくら鳴くうぐひすの籠まりもしつ    〈門付け芸 獅子 籠鞠〉  ◇「神社」    愛宕山神のちからもかりてこそ鼻のたかかる金的の額    鸞石?もこゝにうつすや御社の名さへ尾◯のすゝの森とて    市ヶ谷の八幡の神の広前にすずめをはなつ放下師もあり    榎阪納めし数の房やうじ時ならぬ雪のしら山のみや    みあかしの油も白く氷りけり待乳の山に雪のふる夜は    御影をば守ふくろにいざいれん首にかけたる財布天神    〈愛宕山 市谷八幡 榎坂白山社 待乳山聖天〉   ◇「通町」    日本ばし不二を左りに通り町はつ夢の茶もひさぐ山本(画賛)    通町しるしも三輪の杉折により葉の揃ふ茶屋の山もと    日本橋京ばしかけて下りのぼり諸国の人の通り町かな    諸国の人さま/\に通り町しろきもあれば黒江屋もあり    つばくらめくらやつくるに勝手よきべにをあきなふ柳屋の軒    碁ばん目のとほり町なら白木屋と黒江屋打てかはる商人    日本橋行かふ人も両方のたもとみやげのすしとてんぷら    日本橋おりてわかれの四日市のぼる京橋廻る伊勢町    〈山本 白木屋・黒江屋 柳屋の紅 鮨と天麩羅〉  ◇「ギヤマン細工」    両国にいかりおろすも見物の風次第なるぎやまんのふね    人の浪よせてはかへすぎやまんの舟はうき世のわたり細工歟(か)    すき通るうそとはしれど言たてにのせられてみるきやまんの舟    湖と見るぎやまんの水のみにひたひのふじもうつる手弱女〟    〈このギヤマン船は文政2年の見世物か。本HP「浮世絵事典」の「ギヤマン細工」の項参照〉  ◇「五百羅漢」    作りなす工みが智恵の海よりも生れ出たる栄螺堂かな(画賛)    似た顔にあふとおもえば先に見し人がまはりて出る羅漢堂    親に似た顔と噂の耳こすりすれば羅かんの嚔(くさめ)するなり    生くさき僧は住ねどらかん寺の庭にさゞえの堂の名だかき    すゞしさは羅かん詣のかへさ道秋によく似た月のおもかげ    さゞえ堂立る羅漢のつむじ風見るまにうづを巻てのぼれり    えんま王酔ひたる顔のみゆれども酒は門よりいれぬ羅かん寺    御仏のはくもひかりて羅漢寺にものいはぬ色も耳こすりしつ    竪川へのぼる茶ふねの乗合も五百らかんにゆくあたま数    葛飾や五百らかんのさゞえ堂尊きそこの深さしられず〟    〈羅漢寺 さゞえ堂 茶ふね(うろうろ舟)〉  ◇「錺冑」    建?ものゝ月日の恵み五月雨のはれまにきはふ星かぶと市    兜市かざる無銘のあやめ太刀もとめてつける折かみののし    よき客をさきかけられてくやしけれかざりかぶとの緒を〆るまに    むば玉のよるもかざりて市人の兜のほしもみえぬ五月雨〟    〈兜市 星兜 太刀 五月雨〉  ◇「真桑瓜」    山吹にまがふばかりの花咲てこがねのいろになる子瓜かな    つけ出す小荷駄の鈴もいさましくなるこの町に来る真桑瓜    真桑瓜二ッにわれば水もちし片われ月と見ゆるなつの夜    口なしの色とこそみれ真桑瓜ものをいはずとしれた名所    もてなしのふかきにつけて堀井戸のむか◯にもむく真桑瓜    盗人はいとふなる子の瓜ばたけきしのみどりははやしなすとも    いちはやく鳴子をいでゝはつ物ととりはやさるゝ真桑瓜かな    山城のこまのわたりにおとらめや轡のなるこつけいだす瓜(画賛)〟    〈新宿の鳴(成)子村の名産〉  ◇「夕河岸魚」    かひしきの笹の葉そよぐすゝ風にひかりをそゆる夕河岸の鯵(画賛)    打水の時雨にそみてうつくしやもみぢ色こきゆふ鯵のゑら    こがらしの風にちるとやみるならん木のはかれいのうれる夕河岸    筑波嶺のうつるなみ間に得てしさへくさりのみえぬ夕がしの魚    江戸前はあみから直にあげうりの地引河岸にもさわぐ夕鯵    夕川岸のあたらしき魚は商人とはねてはみえぬさかなやが顔〟    〈鯵 木の葉鰈 深川黒江町河岸・日本橋地引河岸〉  ◇「家根舟」    軒並ぶあつさに舟へ出れば又川にも家根のつゞく両国(挿絵)    家根舟のすだれの霞渕ちかくたゝみてしるき隅田の桜見〈「花」の項より引く〉    吉野より花のさかりのすみだ川ひとめ千そうつゝくやね舟    屋根舟にすゞしき風のさわぎうた浪に月までをどる川の面    あぶなしと手をおさへたる生酔にあしのゆらつく隅田のやね舟    とりまはす棹の雫と青すだれ家根へはねたる舟のすゝしさ    かげうつる月の兎にすだれをもはねてすゞしき角田の屋根舟    江戸すゞめ乗せてこぎ行やね舟は竹の河岸にとまりこそすれ    哥よみてひとり楽しむやね舟はすねたる首尾の松の下道    家根舟のげいしやがかぢをとり/\に引や佃のすみよしをどり〟    〈花見 納涼 棹 青簾 芸者 住吉踊り〉  ◇「鰻蒲焼」    身をこがす此かばやきはうき恋の山のいもよりなれるむなぎ歟    朝くらの山椒のかほるうなぎには木の丸はしもそへて似合し    夏やせの薬とぞなるうなぎやにはらの大きな客のたえざる    さかんとてもちしうなぎはとく逃て己がこぶしへ筋をみせけり    かけ汁のあくにしぐれてその後にもみぢの照のいづるかばやき    家に客そへるむなぎのかばやきは土用の丑に汗かきて喰ふ    江戸前の大かばやきと見るめよりかぐ鼻さきへいるほとけ店    むなぎさる?重なる山と見世さきに谷筋見ゆる水いろの魚    引つゞく客も土用の丑の日はかばやきの香に鼻ぞつらぬく    わらくつの形の小判にかへながら旅のうなぎはきらふかばやき    駿河台不二もむかふに森山の烟り立そふうなぎかばやき    かばやきのかほりも鼻をとほせるぞうしの日にうるむなぎなりけり    梅の香の茶漬のこゝの軒並びかほりをはらふうなぎやのみせ    大江戸は紫のみかかばやきの浅黄うなぎもまたたぐひなし(画賛)〟    〈浅倉山椒 土用の丑 仏店(上野山下の大和屋) 森山(お茶の水) 旅鰻は地方からくる鰻で江戸前より劣るとされる〉  ◇「錦絵」    いく度かもみぢのはけに時雨してそれから染る秋のにしき絵    古郷へかへるみやげにせばやとてかぶもめでたき江戸のにしき絵    いく度もすり合してむらさきの色わけてよき萩のにしき絵    うつくしく書たる江戸のにしき絵はこれもむさしの国貞の筆    さく花のにしきゑをみて田舎人はじめて春のこゝちするらん    美しくすりたるいろは大江戸の袖みやげなる萩のにしきゑ    似顔なる団十郎のすぢくまも紅の上手な江戸のにしき絵    石にたつ矢の根五郎は乕(虎)の住(む)唐土までもわたるにしき絵    遊女のすがたうつして美しき色を商ふにしき絵問屋    わざをぎの所作のにしきゑさいしきもあるは七へん十二へんすり    おもしろき芝居役者のにしき絵も色とる板の七へんげなる    むさしのに染る千草の錦絵もうりぬるはてはしられざりけり    家つとにもてかへるさへ中々にたゝまくおしき花のにしき絵    うかれ女の顔うつくしき錦絵もしわのよるをばいとふなりけり    手弱女のまゆねの柳さくら色都にはぢぬあづまにしき絵    職人の袖からげても色とりのいくへんかする萩のにしき絵    狂言の世話と時代をふたなみにならべてひさく錦絵の見世    大江戸の自慢もさぞなむらさきのぼかしの衣のめだつにしき絵(画賛)    〈江戸の錦絵 吾妻錦絵 国貞 遊女 役者絵〉  ◇「朱座」    もみぢ葉をからにしきともみはやさんうるまの国の朱座の内連    名にたかき朱座はなか/\紫の江戸の色をばうばゝざりけり    光明とかゝやきてみるふんどんも皿も手すれて朱座のはかり目    〈分銅(ふんどん) はかり目〉  ◇「江戸飛脚屋」    封状の目方はさのみいとはねどあしは秤にかける飛脚屋(画賛)    あちこちへあしをはかりにかけまはる人を目方でつかふ飛脚屋    早状の印にもみぢの色みせて時雨ふる日もめぐるひきやくや    川留に飛脚はあふてその状の月日さへみぬさみだれの空    むらさきのゆかりの花の大江戸へくもでにものを配る飛脚屋    雁皮紙に書しもあらんふみをもて霞ヶ関を過るひきやく屋    かへる雁空に見なして北国の吉原へしもいそぐ飛きやく屋    亀戸なる藤の便りもむらさきの江戸の飛脚へたのみこそすれ    蓬莱の島屋がもとに鶴ならでいたゝき赤き早状も見ゆ    〈島屋 赤き早状 蜘蛛手(四方八方) 雁皮紙〉     ◇「蔵前通」    いく棟も立つゞきたる蔵まへにあらうち団子ひさぐ商人    札さしの秋は世話しく新米の入るも三五の月のくらまへ    山のなきむさし野も今くら前に俵の峯のつゞくきみが代    米俵算木につみし辻むかふ易者も出るくら前通り    ほとゝぎす待人多きくら前におとしてうれし玉の一声    口上につれてあふむの言(こと)さやく唐渡りみよと呼花鳥茶や    陸奥の名もなつかしき塩かまを御所おこしにもそへてうりぬる    にえ立し釜にあられの音をそへて時雨の色も立松の尾    祇園会のもゆるあつさの蔵前に淡雪茶やのあるはいぶかし    よし原へみこしをすゆる客人も天王橋をわたるはや駕    浅草のこゝが目貫と大太刀をぬく手も長井兵介の店    もとめんと寄来る人のさゞ波や志賀の都の御所おこしをば    極らくのぼさつの多き蔵まへになどゑん王のまして名たかき(画賛)    〈米俵算木積 易者 ほとゝぎす 花鳥茶屋 御所おこし 淡雪茶屋 長井兵助(居合い抜き・歯磨き) 天王橋     早駕籠(茅町江戸勘) 閻魔堂〉  ◇「馬借」(ばしゃく・馬子(まご))    借て乗る駒の歩行も妙法寺蓮花咲野は踏ぬこゝろね    ちりほこりいとふ月毛の借馬引くつわも虫の音を出しけり    乗る人に花をさかせて馬主のさくらの馬場にいのちつなげり(画賛)    〈月毛馬 さくらの馬場〉     ◇「縁日商人」    金比羅の縁日の菊は市場の十日ながらもとられにけり(画賛)    縁日の夜見世に月を宿しては水持梨子の鉢うゑをうる    虎の門花に五日の風のみか十日の雨もいむうゑ木うり    菊月の晦日大師の植木店となりに冬のならぶ火鉢屋    うゑ木屋が出す槙の葉にうち水のきり立のぼる夏の山下    直をねぎる人のこと葉の嵐をもよけてひさげる花のうゑ木や    ねぎごとをいのる薬師の縁日に百眼さへいでゝにぎはふ     縁日の薬師のきけばに荷ひ来て廿日草をもひさぐ植木屋    天神のけふ縁日とうめさくら松をももちて出るうゑ木屋    うえ分けし鉢のあふひはくるま百合見世をあらそふ縁日の商人    かしらさへわるゝばかりの夕立に鉢をかゝへてにげるうゑ木や    万両に黄金草よはづかなる銭あふひをもひさぐえん日    治まれる御代の印に縁日にきりん角をもひさぐうゑ木や    うゑ木やの兜きくをも縁日に荷(になひ)て来たる鎧のわたし    直をつける客次第とて植木屋の買うむらせる?梅のはな笠    縁日の御影ばかりかうゑ木やが観音草もひさぐ浅草〈御影はお守り〉    糸竹のねぎごとかなふ弁天に声よき虫もうれるえん日    見附よりちかき不動の縁日にさちほこ立の金魚すゞしき    にぎはへる八日薬師の夜商ひ子等が休めし草つむじ?売    縁日に金魚うゑ木の見世さきも浪を打人山をなす人    朝㒵のむらさきしぼり植木やが江戸の自慢にかざるえん日    弁天の縁日うつくし硝子へさかさにいれてひさぐ金魚(ママ)    〈植木屋 鉢植え 虎の門 上野山下 鎧のわたし 浅草 薬師 天神 弁天 不動尊 水持梨子? 槙の葉     花 廿日草(牡丹) 梅・桜・松 葵葉 車百合 万両・黄金草 麒麟角 兜菊 観音草 朝顔     天神:毎月二十五日 薬師:毎月八日 弁財天:巳の日 不動尊:毎月二十八日〉  ◇「武家」    さき箱にあふひはみせて車留ふたはにわかる武家の行列(画賛)    伊達道具ぶる行列はみちのくのこがね花さく対のさき箱    行列の節句は刀の菖蒲形これもにほひの道具なりけり    みよし野の花にたとえし武士の並ぶ道具のひとめ千本    みちのくの守とはしるく金紋にこがね花さく先はさみ箱    武士の家の風をも起しつゝいきほひふるふとらの門まへ    みよし野の花をかざして行列は一目千本大江戸の鑓    てうちんのひかりもそひぬくらきより蠟燭やりもたてる行列    むらさきの江戸に一筋引ぬるはかすみが関をいでる行列    袖とびら立るくつわの大紋にきかねどしるき装束やしき    雁の間にならぶ君かも一つらはかすみが関をこゆる行列    香の図の武者窓めだつ冠木門源氏車の紋もみえけり    行列はあとのが先へ手がはりにならぶや雁のわたり陸尺    羽をのして鶴の千代田の大手先行列そろふ花の江戸入〟    〈大名行列の登城は大手門から。先箱(挟箱)は行列の先頭に立つ 陸尺は駕籠舁などの下男。行列を見物する     こと自体が市民の楽しみとなっていたのであろう。大名行列は江戸の誇るべき風物詩として定着していたの     である。大手先は大手門前の広庭〉  ◇「富士」    不二詣こゝまで来たる甲斐ありとうらをかえせし吉原の客    よこ雲の手綱とゞめて朝ぼらけいさむこゝろの駒込の不二    〈下谷坂本と駒込の富士。参詣は五月晦日と六月一日〉  ◇「水売」    いく夏もこゝろかはらず売人は何所の野中の清水なるらん    水売は月の歩の大皿にすゞしく見する星のしら玉    水よりの見世のかざりのはなれ業みする仕かけも己がからくり    人の腹ひやすほど猶我はらはあたゝま(る?)らんおもふ水うり    生ぬるき水道の水は打すてゝ江戸堀ぬきの水売のこゑ    えのはゐ?にむかふこゝちはせられけりやうもとめたる江戸の水売    あつき日をしのぐ薬は雪の葛匕(さじ)かげんしてのますみづ売    三日月の匕も茶わんにしら玉の星を三ツ四ツそふる水うり    うつむけし茶わんの形の不二に似て高くて水のうれる大江戸    月かげを桶にうつしてしら玉の星をくみ出す辻の水うり    水売の日かげ/\とまはれども朝㒵茶わんなどはつかはず    むさし野は江戸になりても夕立の雨に軒ばを逃るみづうり    命なり水の売人も辻がはな染るばかりに汗やしぼらん    しら玉の星くみ込てみづ売の茶わんの月のひかりてりそふ    うりきつてかへる水屋は水よりも銭のなみまで重たかりける    こころよやひる寝のゆめのうき橋の下をながるゝ水うりの声(画賛)〟    〈白玉(星) 茶碗(月)〉   ◇「山王祭」     山法師出るまつりにこゝろして加茂川ぞめのそろひきにけり     山王の御祭の日はことさらに御くらの衣裳目だつねりこら(練子等?)     酔しれてつきそふ人の顔までも猿によく似た山王まつり     山王のまつりに出すひきものゝ象も手馴れし鳶の仕事師     大象はねりいだせども人の数はかりしられぬ山王まつり     〈加茂川染め 大象の引きもの 鳶の仕事師〉   ◇「屋形舟」     両国をまだみぬ奥の女中連ならぶ屋形の名もよしの丸(画賛)     山とみゆる屋形のふねのふところに扇の雲をたゝみ込たり     手弱女にきしのさゝつま吹あぐるやかたすゝしき隅田の川風     年ふりし永久はしをくゞりゆくやかたの影も千秋万歳     奥方のけふはすゞみのやかた舟かたはづしにもしぼる玉たれ     〈吉野丸 隅田川 武家奥方の納涼 片外しはその髪型 玉すだれ〉   ◇「紫染」     むさし野ののべの千草はけおされて紫そめの目たつ大江戸     むさしのにひける霞の衣(きぬ)を見て江戸むらさきやそめ出すらん     朝㒵のつぼみに庭の竹もがりくゝりてそむるむらきのきぬ     むさし野に菫つみにし色に手もそめて一夜はねかすむらさき     名にしおふ江戸むらさきは玉川の水浅黄よりそめ出すらん     大江戸の外にたぐひはなしといふゆるしのいろを染るむらさき     手際のみあくのぬけても水はなほ重き金目のそめのむらさき     宮城の萩ともみばや干布の風によじれて染るむらさき     明ほのゝむらさき染は大江戸の紺屋が見世の日の出なるらん     〈江戸紫。竹虎落(たけもがり)は枝つきの竹垣、紺屋はこれに染めものを干す〉   ◇「蜆」     隅田つゝみ小町さくらの花見づれ業平しゞみいざ土産にせん     来て出ませ乳母がざいこの田舎味噌業平しゞみいいざ汁にせん     出あふてよきそなりひら蜆にぞ酒もむかしのをとこ山なり     大江戸へあづま下りの客人にみそにして出すなりひらしゞみ     俵つむ御蔵しゞみの升売はやすう世渡るはかりことなり     角田川遠くもきぬる旅人は業平しゞみ登るなるらん     その心あまりて言葉たらぬ子がめせとすゝむるなりひらしゞみ     都人いざことゝはんなりひらにつゞくしゞみはありやなしやと     〈『伊勢物語』九段「東下り」「名にし負はばいざこと問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと」を踏まえる〉     かきつばた咲ける流につゞくらしゆかりのいろのなりひらしゞみ     白味そか何ぞと客の問ひしとき露とこたへんなりひら蜆     〈『伊勢物語』六段「芥川」「白玉か何ぞ人の問ひしとき露と答へて~」を踏まえる〉     香の残る花やしゞみは業平のかほよ花にも似たるいろかな     香をとめし梅見の袖の色なくてにほひのこれるなりひらしゞみ     河内山越ゆく旅の根ざしのさやにぬらばやなりひらしゞみ     亀井戸の業平しゞみ出す茶やの女に言葉たらはぬはなし     いくとしを泥のそみけん色くろきむかし男のなりひらしゞみ     業平の蜆のしるにくむ酒も詞たらざるほどに酔ひけり     なりひらの土産のしゞみのから衣これに三河の落し味噌かな     はらからの名にこそよれり汁たてる行平鍋の業平しゞみ     うら若みねよげにみゆる娵菜をもそへて売ばや業平蜆〟     〈本所 業平蜆 亀井戸の茶屋〉   ◇「吉原」     うかれ女がこゝろの鬼やなげくらん客も手をきる羅生門かし     扇やの骨とみえけりかんざしを十二本ほどよそふうかれ女     朝かへりつれは上野か浅草へ二ッになりしきぬ/\のかね     一よさも妹背の山とちぎるらんたつるながれのよしや吉はら     縫ものゝわざにはうとき傾城もつとめにはりをもてるよし原     九郎介の稲荷まゐりもその里の白き顔には化されやせん     花の香はたもとにしみて朝かへりさくらにしらむ山口巴     花にあそぶ客には小蝶と狂ふても露のなさけにかよふよしはら     秋ふかく染るもみぢの赤蔦に松の太夫のめだつよし原(画賛)     夜ひるのへだてわすれて大門は日月速し花のよしはら     禿らに火取の灰やかけられんろうかにさがる猫の髭くろ     山吹の花ちらさねばなか/\に実のなきあそびされぬよし原     けさははや玉の春たつ色みえて孔雀長屋もそよぐ門まつ     吹かよふ風もすゞしき仲の町軒ばの荻江さわぐゆふぐれ     おいらんのはだへは雪とみせながら守れる神はくろすけ稲荷     足袋はかぬ島もよそほふ夕汐により来る客も千鳥足なる     かざり松竹のはやしの仲の町配るあふぎも七けんの茶や     伊達にふるさとのいきぢは陸奥(みちのく)のこがねに目をもくれぬたはれ女     絵馬にする額たはらやのうかれ女は鳥居が画くよりは美くし     金銀をちらすあそびもよし原にたから尽の玉屋丁子屋     見かへりの柳がもとにまれ人のかはほり(蝙蝠)羽おり目たつたそがれ     振袖にあまの羽衣縫つけしすがた美し美保の松葉屋     小手まきのしづか玉やにいくそ度くりかへし見る◯のかず/\     くたかけもはめなんと恨むよし原に狐のをどるとしの暮かな〈くたかけは鶏〉     仲の町めづるは茶屋の七けんにかけしすだれの竹のこの君     居つゞけになどおらざるやよし原の花を見すてゝかへる雁がね〟     〈羅生門河岸 九郎介稲荷 仲の町 扇屋 玉屋 丁子屋 松葉屋 山口巴屋(引手茶屋) 孔雀長屋は吉原近くの浅      草田圃にある 後朝の鐘〉   ◇「十組問屋」     はん昌の江戸を帆にして入ふねは十組問屋にたえぬ代もの     さま/\の十組問屋のおろし荷も馬の背につむ雪の白帋     諸国より遠くも来ぬる酒樽をつむやむかしのをとこ山かも     菱垣につみし菜種は十仲間のうちの廻りもよき家伝有       ◇「傘古骨買」     世にふりて文字さへみえぬ番傘を縄にむすびて荷ふ商人     大黒もやれはてぬれば手あそびもゑびすにかはる傘の古ほね     老くちて世にながらふるかひなしと身をしる雨のふる傘ぞ買ふ     傘の古ほね買も細もと手縄ひとすぢにつなぐ世わたり     いく時雨ふるからかさをかひ行て紅葉てふ名の張かへにせん〟     古傘をかふおのが身もかたさきの骨のみえたる麻のゆれ衣(画賛)   ◇「蓮」(はす はちす)     水かねの露おく蓮にすゞしくも月のまる顔うつるかゞみ葉     莟をば筆とみそのにさく蓮にそへにし帋は◯葉なりけり     不忍の池の出茶やのいよすだれうちへまきこむ蓮葉もあり     紅の夕日に染るはちす葉はなべてのいとの問屋なるらん     しら露の落そふにして葉にとまる蓮も仕かけの糸細工なる     はすみよと露にとぢたる扇もてひらかぬ友が門やおとはふ     丸盃に錦袋図を干せしやと見る不忍のはちす葉の露     夕立の用意にせんとさゝかにのいともてつなぐ蓮のゆれ傘     泥中に生ひても染ぬこゝろから玉もてあそぶ露のはちす葉     池にすむ城にうたをよまれてやほろりとつゆをこぼす蓮葉     鐘の音や水にひゞきてしゆ木葉の蓮はしのぶの岡にみえけり     入相のかねのひゞきに不忍のはな見をしらす蓮のしゆ木葉     一めんにひらく蓮の花びらは根にもつ糸の仕かけなるかも     池のはたはす見の茶屋は妹さへも泥そだちとは思はざりけり     あやうしと深かる渕に笑(さか)ざるは花の君子の蓮にありける(画賛)     つりかねもつくころほひの夕風にいくたびゆるゝ蓮のしゆもく葉     念仏の修養の寺の池の面に見る大津絵の鬼といふはす     池に◯ふ松の琴よりはちす葉の糸の根しめや狂ひたりけん     これも又かしあみ笠の形に似て人目しのぶる岡のはちす葉     見おろせば蓮の二葉も銭ほどに思ふ御山の名も寛永寺     蓮葉は傘に似て花びらのひらくをりにも音はしてけり     かつまたはしらず髭ある心地せんはちす花さく唐人が池     〈不忍の池 蓮見 君子は蓮の美称〉       ◇「金坐」     金気ある秋の銀坐やふいごもて小判の桐の一葉ふきけり     世の宝あまる金坐のこぼれ種?桐の実生の出し壱朱判     一分金二分金もふく手細工に扇の風もいとふなるべし     切れさへもみえず小判にうつ槌に雨だれ◯◯さみだれの空        ◇「銀坐」     大こくの名ある銀坐にまん億の宝うち出す小槌なるらん     時しらぬ不二を見ながら銀ざにはしら雪と呼ぶ南陵の山        ◇「銭坐」     けぶり立民のかまどに並ぶらし銭坐のうらの浪のしづけさ     吹直す大仏銭の職人もあつさに汗のぬれぼとけなれ     これもまたふいごの風やつよからんふき出す銭の浪の高くて   ◇「辻売」     さまざまに鳴虫の荷のかたはらにこゑを自慢の辻のよみ売     元手さへ内藤宿の唐からしからきうき世をわたる辻うり     ◯しげにちまたの外に商ひのみちも十筋にわたる大江戸     たちうりの西瓜も辻のかたはらに夕(べ)すゞしき月の赤◯〟   ◇「七夕」     手向ぬる琴は登れど天の川岩越す浪はいとふなるらん     天の川みえすく星のさゞれ石わたりあふよの浅瀬なるらん     おり姫に天向しきぬの空いろに星縫みする袖のかちの葉     蜘のゐに似し麻のはの模様衣さゝがに姫に今宵手むけん     夜のあけぬうちをさかりとひさぐなり朝㒵姫にそなふ竹売     二十八の宿はあるにひと夜とはうすきちぎりと星やかこたん     切立の小袖うすのは世にとめるあきびとよとてちぎる七夕     たまにあふ星やわかれを惜みけんぬれかへりたる笹のたんざく     朝風に空の真袖のわかるゝは今ごろ星のかへさなるらん     たなばたに手むけのうたも雨こひの小町がふりはこのまさりけり     わらはべもいろはを書て角文字の牛ひくほしに手向てしかな     一夜をば惜めるほしのかし小袖ふた藍そめやかなひたるらめ     ほし合にわたせる天のうきはしもなかだちするは鳥のこそあれ     まれにあふほしにその侭さゝげばやふし間も長く生ふるわか竹     くもりてはあはれぬほしの手向にはこよひはれぎの小そでかさばや     芋のはの露もてうたをかゝばやなまろびあふてうほしの手向に     子の多き芋の露もてたなばたにかく短ざくは誰かはらみうた     たなばたのはしとたはむやかさゝぎのはに葉かさねてひさぐ竹売     命さへ逢ふにかうるを彦ほしはいそがぬ顔に牛をひくらん     手向つる朝㒵姫に似気なきは日のもるばかりなつのうす衣     ほし合にわたせる天のうきはしも媒するは鳥にこそあれ(画賛)〟   ◇「井戸堀」     能き水を出さんとおもふ念力は岩をもとほす井戸ほりの錐     わき出るほどになさんと猛男が汗みづながす井戸ほり普請     堀あげし井戸にそなへし神の酒いはふてくみし四方の瀧水     すへらきの御代や日に/\人増は水もますなり井戸ほりの業     ほりあてゝ出る井戸やの馳走にはこゝろいはひやさけもたき水     つきあてゝまづうれしやと玉の汗ふき出したる堀ぬきの井戸     足代(あししろ)も蜘手にかけてさゝかにのくり出すいとにさがる井戸ほり     いど堀のわざや命のあやうきを同じ仲間ぞくみてこそしる     身よりまつわき出る汗を末終(つひ)にいづみとなしぬ井戸ほりの業〟   ◇「花火」     両国は軽わざのみかからくりの花火もやはりつなわたりしつ     狐火のやうにいくつももえるのは玉屋かぎ屋の合はな火なり     稲つまの鍵屋がはな火空ならで人のむらたつ両こくのはし     うつくしき貴妃の牡丹のより花火かみにもあかく紅粉をさしけり     これほどの人をまねくか両ごくのはしのたもとのすゝき花火は〈「すゝき」は手持ち〉     むさし野のすゝきの花火打なびく風にあつさも逃る水ちや屋     連城の玉屋の名ある草はな火これらもあしをきりて作りぬ     朝㒵の花火を夜ことあげさせてさかり久しき両こくの茶屋(画賛)     帰る◯もあぐる花火に落付て人の工夫もちかふからくり     やいとより子供にはさてきゝのよいせん香花火にわやくやみけん     江戸絵図の総とむさしの玉境あかきいとひく花火みすらん     少女子が三升格子のゆかたきて手ぼたんといふ火あげけり〟   ◇「仏閣」     名にたかき東のひえよさく花の雪にそひえし中堂の屋根     かしこしとほめつゝ人も七曲のありのごとくにゆくさゝえ堂     金銀の光もれけん木の間より吉祥閣の夕日まはゆし     斎日(さいにち)の暑さ十六らかん寺にはだぬく人もあまたつどひつ     〈東叡山寛永寺の吉祥閣 五百羅漢の栄螺堂〉   ◇「料理茶屋」     いつも世は◯としなれや料理にもよく実も入りし秋の田川屋     夷庵さすが料理も生酔のはらにつりあふ鯛のうしほに     をり/\は肴あらしの下戸もまた軒端にさそふ雨のさくらゐ     世にしるき夷庵とて客もまたまつ社の神つれて来にけり     糸作り手ぎわも家の名に負てくる客おほき青柳が門     酒盛にこゝろの約?はいさめども客はちらさぬ花のさくら井     きひ小町うつくしつくのうたひ女をあげて花ある桜井の楼     春ならぬ四方に花なき冬の日もやはりにぎはふさくら井の見世     あざやかなさしみ盛にも皿鉢は古わたりをのみつかふ八百せん     角田川前に見なしてさしみ皿小金のなみのうてるたかどの     江戸の町凡は百八百善の料理に名までうれるはん昌     吉野葛よせて出ししさくら井につかふ料理のおくや尋ねん     八百善は八百よろづ代に名やたてん出す料理もうまし国にて     三ッものゝ平もよし野のうす葛に花くもりをもみするさくら井     会席の花の手ぎわやよし野◯いつもさかりをみするさくら井     待えてし月の今宵とまらう人のこがねの波をちらすたかどの     にぎはひはいつれも春の料理茶やあるは青柳あるはうめ川     舟よせて肴を乞へば金波楼うしほに浪をはこぶゆふ風     八まんの不二のふもとの二軒茶屋つかふ料理も魚のすばしり     三とせまであしたゝぬほど酔人は夷庵にて酒やくむらん     まれ人の神をまつりて膳夫もうつはきれいにいだすひら清     酔しれてまかれる客の松がえを即席によくためる青柳     大黒をわぎりにしたる料理ばんゑびす庵にはよき男なり     月雪に見あきた客の手元より花のこぼるゝすだのむさし屋     月雪を宿すなみ間のはつ松魚作るさしみも花のさくら井     春は猶かすみ二階や三階になまめくこゑも花のさくら井    〈田川屋 桜井 夷(ゑびす)庵 八百善 金波楼 青柳 梅川 二軒茶屋 平清 武蔵屋〉      ◇「朝㒵(顔)」     日をいとふこゝろつかひに朝㒵のかざしてぞさく庭のそでがき     いろ/\にさく朝かほの花あはせまけたる人ぞさきへしほれる     露よりももろき世帯のうら店にその日くらしの鉢のあさがほ     夕薬師かへさのつとの朝㒵のつるもめの字にからみつきけり     とく起て庭をながむる目さましに汲て出したる茶屋朝㒵     一夜寝てあすさく宿のあさがほは◯のいろやむらさきの花     やれ垣の糸瓜の葉につたはりてつゆの水とるあさがほのはな     いよすだれかけたる軒に朝な/\八ッ九ッもひらくあさがほ     とく起て化粧もすらん朝㒵のつぼみの筆にはなの◯に猪口     いろはかく窓の格子にからみては手をあげたがるあさがほの花     あらふたる㒵ふきながら見れば又ぬれいろにさくあさがほの花     べに草とみゆる莟におはぐろのるりの露をもふくむあさかほ     はみがきをつかふやうじも恥ぬべしそこへにみするあさがほのはな     明のこる空にひかりし星数のへるたびごとにふえるあさかほ     莟みたる露をしぼりの朝顔は江戸むらさきの紺かきか庭     朝鮮のたねもふせたる朝㒵は花のかたちもるりや珊瑚樹     智恵の種いつかまきけんむかしとはかはり咲なるあさかほの花     日をよくる松の木かげにさき出てさかり久しきあさかほのはな     朝寝する間に朝㒵はしぼみけりさかりもいつか夢ほどにして     今日もはや辰のさかりかしら露の玉をにぎりてしぼむあさ㒵     少女子がかざしにさしゝ朝㒵の花にそふ葉の形もあふひ葉     雨傘の形にぬれてさけはにや?照る日にしぼむあさがほのはな     日のてりを花にいとひて朝かほに笠やぬふらんさゝがにのいと     かゝみ草むかふあさ日の紅にさす花のつぼみは筆にこそあれ     からす瓜からむ垣根のよこ雲に明ぼのかたも見ゆるあさがほ     庭松のかげのまがきに日を覆?てさかりひさしき朝かほの花     扇にもすき入て見んあさがほは露をかなめとたのみてぞ咲     しのゝめのを告るからすのなく頃に三つよつ五つさけるあさがほ〟   ◇「都鳥」     みやこ鳥羽根の白さよちる花の雪に見ならす隅田の夕ぐれ     都鳥ながるゝ浪にすみだ川夕日のあしの赤くうつりて     水鳥の鴨川よりもわびて猶すみだ川原のかもめ名高し〟   ◇「草市」     天秤のしばるかはりや両かけにうしと馬とをになふくさ市     朝露にぬらす尾花か袖たもと桔梗のしまもめだつ草市     はん昌に名のみのこりしむさしのゝむかしはかくや秋の草市     大江戸のむかしはかくやむさしのゝはてしれぬほどつゞく草市     大江戸の水にそだちてむらさきのはぎや桔梗のめだつ草市     つくろはぬ白木の片木や杉のはし素㒵の女のおほきくさ市〟     〈お盆前の7月12・3日、お供え物の草花や飾り物を売る市がたつ〉   ◇「萩」     白つゆの玉をつなぎし数珠の如(ごと)風に枝する秋の萩でら     はぎ寺萩見にゆけば朝つゆはわれよりさきへ起居たりけり     花すりのころもに袖のほころびて露をさかりににほふ萩でら     とも/\に掃除やすらん夕風に下枝のゆれるはぎ寺のはぎ     萩寺をわびて見に来る女むれすれぬところが花にこそあれ     秋萩におきそふ露の極みちん?桔梗かすりもおよばざりけり     さく花と紅葉の合の狂言にはぎ大名や風に舞ふらん     茶立虫こゑそふ秋の萩寺はさばくふくさのむらさきいろ     小男鹿もあいそやつきんおく露に地を引すりの萩の花つゆ     秋の野の花の錦のうらなれや風にうき立数のいと萩〟     〈萩寺は亀戸の龍眼寺。境内に諸国の萩を植える。「茶立虫こゑそふ」は茶筅で抹茶をたてる静かな音、さばくふくさ      が紫とあるから、亭主は男。秋の野点、ひととき静寂にひたるである〉   ◇「廿六夜」     七えうのほしのひかりもけおされん二十六夜の月の品川     うぐひすのすさきの二十六夜まち月にけしきをそうるさゝみよ?     品川やあそびかとしも?更る夜は二十六夜の月やまつらん     しな川や袖しのうらは名のみにて二十六夜の月にさはらず     さしのぼる二十六夜の月かげにふすまのほしもみえぬ品川〟     〈二十六夜待ち〉   ◇「白玉餅」     しら玉か内ぞと問へば白砂糖?露とこたへて客におませよ?     はちす葉の形なる鉢にうかめるはつゆとあざむく餅のしら玉     山水のけしきをみする水うりの瀧にうたするしら玉の餅     家つとに白玉もちをせばやとてせと物町に入てもとめつ     しら玉の餅こそ露をあざむきてせと物町やそめつけの鉢     すゞしさよ添たる箸の青竹に夜半のあられに辷(すべ)るしら玉     〈水売りの冷たい水に添える白玉餅 瀬戸物の焼き継ぎをする白玉粉〉      ◇「団扇問屋」     風ふくむ団扇かはゞや堀江町まだこぬ秋のかよひ帳にて(画賛)     凌がれぬなつの暑さを苦にもせで丸くうき世をわたる団扇屋     堀江町風を卸してあつさにはひだりうちわの問屋かふなり     風の山どつとおろせし堀江町団扇問屋のこゝろすゞしも     出さ入さうちわ荷物の卸し屋は家の風さへはげしかるらん     あふぎ出すうちわの風のはげしきはひさぐ問屋の山おろしかも     ほり江待ちこゝらからこそ秋来ぬと風もて人をまねてうちわ屋     さつまいも仕入ぬひまはほり江町すぢの多かるうちわをぞうる     〈堀江町 夏は団扇、冬は薩摩芋を商う〉   ◇「八朔」     八朔ににぎはふさとの女郎花にはかにさわぐ萩の上かぜ     うぐひすのねぐらの竹のはるぞとて軒はへ梅もかをる八朔     八朔の小袖の雪のあかり窓ふみよむ部屋もみゆきよし原     八朔にふりつむ雪のよし原はかねのあしだでふみわけてゆく     灯籠のつゝらしまへばそのあしたにはかに雪のみゆる八朔     〈吉原の八月一日、この日花魁は白無垢の小袖を着て仲の町を道中し客を迎える。「かねのあしだ」を履く花魁もいた      ようである。鉄製の高下駄であるからかなり重たかったのではないか〉   ◇「月」(仲秋 十五夜)     老となる月にうかれてつかのまにわたり越したる親爺橋かな(注1)     ちり雲は手はやく風にはらはせて空に露まつ月のさやけさ     更科やさやけきもちの月の夜にいもの親さへすてられにけり     論語よむ窓の月見に夜ふけけりあすは宰予が昼寝するとも     露おもみ袖かたしきて花すゝき寝ころびながら月やみるらん     くもりなきこよひの月のよみ歌にこゝろのそこをみするさやけさ     こと足らぬ賤が伏屋もこよひてる月にかけめはみえぬさやけさ     小烏も月の氷の上に寝て親に孝なる名はたちにけん     客をまつ月のこよひの縁座敷空にも雲のちりやはきけん(注2)     秋も猶舟はさかりに出ぬらん月のかつらの花川戸川岸     源氏まどいざひらかばやむらさきの式部小路のもちの夜の月(注3)     老となる月をめでつゝ酒くみてふける事をもしらぬ秋の夜     秋こよひ雲ひとつなかりけりこはくとめづる月のさやけさ     酒をくみこよひの月のみさかなにこれまいらせん池のねぬなは〟(注4)     〈親爺橋(日本橋) 花川戸河岸(浅草) 式部小路(日本橋)〉     (注1「老(おい)月」=陰暦14日以降の月 注2「縁座敷」=客間 注3「源氏まど」=「火灯窓」 注4「ねぬなは」=「蓴菜(じゅん      さい)」)   ◇「新酒」     霜よけの綿にはあらぬ菰きせてきくと名づけし秋の新酒(注1)     梅の花しるしにつけし今年酒ひらけばかをる南新川(画賛)     又六が門の杉のは若葉して松魚恋しく思ふ新酒(画賛)(注2)      海はらにのめし?紙屋のことし酒くみてひたひの皺ものばさん     しん酒舟波をもきりし剱菱はくだりてつよき江戸の気にあふ     江戸川の汐のそこ(底)りて新酒のふねのそこまで砂こしにつく     集りし人に酔てや新酒樽よろけてかたにもたれかゝりつ     新酒に酔ぬ男の子も蔵入に目のまはるほと世話しかりけり     つみ入て難波を出し舟あしもみぢかく江戸へくだる新酒     新酒も下戸の口にはから崎や名に老まつの一本木とて     〈日本橋新川 下り酒 銘酒 剣菱 老松 一本木(男山?) から崎?〉     (注1 菰樽に印の商標 (注2 又六は酒屋 杉玉は新酒入荷を知らせる看板)   ◇「眺望」     遠方の山のまゆねも鼻のさきみゆるすさきは海の口もと     見わたせば入舟の帆は付木ほどゆふ日のうつる芝の浦うみ     きりの海はれてみわたす芝うらに白帆の不二や生れいでらむ     都への咄みやげは海士小ふねかすみの袖に入るゝしばうら     遠目から凡(そ)はかれば二三合ふじの高根を見る駿河台     若もえの青海はらの中路に舟道ほそくつけし芝うら     すり火うち出てみればつり竿の竹芝さしてかゝる猟舟〟     〈洲崎 芝浦 白帆 駿河台 富士〉   ◇「富興行」     とみの札けさは買ばや夕(べ)見し夢をしるしの杉の森にて     富をつく目は群集してさながらにきりを立べき所だになし     富は屋をふるほすものと唐国のふみを学びし人もかふなり(注 富は屋を潤し徳は身を潤す『大学』)     山吹のいろもてかふる富の札花にも実にもならぬをかしさ     雷のこととろ/\と人よりて何処へ落るかとみの興行     富かひに人は木の葉の降ることく実もなきものにうれる餅花     山吹の花の出ばんのぬしは誰とへどこたへぬとみのにぎはひ     〈杉の森(神社) 群集〉     ◇「江戸芸者」     三味線の棹を休めて生酔の楫をもとれる舟のうたひ女(画賛)(注1)     秋の夜の月ともめづる江戸芸者半は雲のかくしつまなる     うたひめはおとらぬこゑのくらへ獅子ひらく牡丹の花のくちひる     芸のみかこゝろもみがくうたひ女のさひしところは声斗りなり     あふぎ立はやりげいしやは二親も左りうちわでくらすなるならん     しらま弓ひく手あまたのやげん堀はやる芸者は人をそらさず     かんざしの紋も日向にさし込てさかりひさしき花の芸者等(注2)     三味せんの皮の乳にもうたひ女の調子合するいてうはの撥(注3)     さみせんの撥の象牙もつなかれん並ぶ少女がうたふくろ髪(注4)     つの組しよし町きほふ江戸芸者草にそめたる箱の風呂敷     はつ物の松魚と花の江戸げいしや口めづらしきはやりうたかな〟     〈三味線 箱 薬研堀・芳町など吉原以外の町芸者〉     (注1 屋根船の芸者)(注2 「日向(ひなた)」紋=白抜きの定紋)     (注3 「皮の乳」は高級な猫皮の三味線)(注4 大象をも繋ぐ少女の黒髪)   ◇「秤座」     秤座にはかりしられぬほどひさぐ御代に守随の名社(こそ)めでたき     春の野に落せし鹿の角棹に若草の目ももりしはかり座     〈守随家 棹と皿の棒秤〉   ◇「焼芋」     寒けさを凌ぐは同じぬくめ鳥よたかもにぎる辻のやきいも     此ころは民のかまどもまたひとつけぶりの立しやきいもの見世     妹に似る草のいろをば物いはでこうる     四里四方ひろくひさぎしやきいもは八里半とも名を呼れけり     ひき麦は秋の半に休ませてこがし売なりやきいもの見世     〈夜鷹も暖を取る焼き芋 八里半。秋麦焦がし、冬焼き芋を商う辻見世〉   ◇「長唄」     仲の町こよひ俄の秋風にみだれてさはぐ荻江よしむら     大小のつゝみを入て長うたのこゝもうるほふ月さらひせり     難波人もあしたとはきかじ長唄や荻江がふしの細く立るは     わすれたりつなで車に三味線もひきかねてゐる少女をかしき     花の雲かねは上野とうたひ出す声もそこらへひゞく江戸ぶし〟     〈吉原の俄(芸者による寸劇)は八月の行事。唄方名人 荻江 芳村〉   ◇「浄瑠璃」     かな手本忠臣蔵の浄るりは住と筆との太夫出かたり     声ふときその浄るりの節さへもうまみは土佐にとゞめさしけり     浄るりでくらすうき世は有がたし豊あし原の国太夫ふし     雁かねの文字と名によぶ師のもとへつばくろ口をかゝへてぞ行     しんの世はいざしらねども今も又松に太夫のふしは常磐津     行雁とつばくら口のすり違ふふしは常磐津こゑ柳はし〟     〈竹本節(住太夫・筆太夫) 土佐節 豊後節(国太夫) 常磐津節〉   ◇「菊」     日をいとふ油さうしや燈台のもとでくらしのきくの掛茶屋     黄と白のまけ勝わかぬきく園に小蝶は目もとふさぎてぞゐる     ほめられてはつかしきにやかぶろ菊蝶の羽袖のかげにかくるゝ     菊の香に酔し小蝶も友とみんよろめく老の添竹のえだ     不二の山つくりし庭?の白きくも死なぬくすりの露を持そふ     さき揃ふきくの露をもなめやせん蝶は酔ふたるさまに飛かふ     千人の禿きくさくつきしまに入日をまねく蝶の羽つがひ     よしあるし愁るとても酒酌んこの銭きくのあらんかぎりは     さく菊のこかね白きく飛石に花のくらゐやすりつけるらん     庭守が小つかひとりにつくりけんこれもはしたの銭のきくのはな     長生の薬をなめてきく園の蝶も翁のひげや見すらん     〈掛け茶屋 小蝶 かむろ菊〉   ◇「紅葉」     海晏寺もみぢにつゝく山の末北はひが久保西はひもんや     ぬさにせし神の縁日と?もみぢ葉のひら川さしていそぐ植木や     隅田つゝみ夕日にてらすもみぢばは江戸むらさきの下染のいろ     客を呼もみぢのひてりつゝきてや茶の水つきる隅田のかけ茶や     片時雨夕日のかげの筋違を出て上野のもみぢ見にゆく     玉琴をしらべる松にうつくしきまくら糸見る暮のもみぢ葉     下水を赤くなしけり立田姫もみぢ葉染る筆やあらひて     はらばひて岩やまくらへなしつらん耳より赤くなりしもみぢば     時雨ふる秋葉のもみぢ色こくてすねたやうなる白髯の松     姫松の顔にもみぢやちらすらん山の裙をもまくるあき風     大江山鬼なきのちも生酔の顔にしちほのたるゝもみぢ葉     家つとにかざすもみぢの一枝は故郷へかへるにしきなるらん     その色にそまでつれなき男松もみぢは赤きこゝろ見せても     指に似しもみぢ見よとて真間の里手児名の神は程ぞ遠けれ     立田姫山の時雨の片寝にや耳よりいろを染るもみぢ葉     紅葉やもみぢ袋も正燈寺ちりてながるゝ田川屋の風呂〟     〈隅田堤 掛け茶屋 上野 立田姫 秋葉・白髭社 真間の手古奈 正燈寺 田川屋〉   ◇「神田祭礼」     熊坂のかしらはおもき作なれど連雀町でかるふひくなり     〈熊坂長範は連雀町の山車。一首のみ〉   ◇「雪」     いかでかは水にはなさじ降つもる雪に訪ひ来る人のこゝろを     するが町ふもとのやうなこゝちして不二へ詠めもつゞく大ゆき     あんかうは価高しと雪の日に鰒くふ人のはらわたぞなき     つむ雪に師走女はおはぐろのまへ歯もしろくはけるぬり下駄     淵明が手なれの琴が降つみて風に音せぬゆきのまつがえ     降つもる木よりしらみてつく鐘も上野のむつの花の明ほの     ころぶ時松かえ折て後悔のさきへたゝざる雪うちの庭     此雪に竹馬の友のやくそくもねてしまひけん音沙汰のなし     客をよぶこの見はらしの一けしき枝にもたする雪のかさ松     つむ音をかゝす詠むる一趣向鍬からゆきの鴨の手料理     人あしのしげくて花の大江戸はみになるほどもふらぬしら雪     漁の舟出もならでふりつもる雪に寝てゐる竹芝のうら     作りたる雪の達磨の白うなり我もしらねどかの僧に似ん     つれ/\の文よむ窓も白妙にふれ/\こゆきつもるさふけさ     うた人のこゝろをくめるさまみえて雪にうつぶく窓のくれ竹     ふりむけばわがあとさへも埋(も)れてはてしれかぬる雪のむさし野     鬼瓦かくるゝ雪のあしたにはつらゝの角も軒にをれたつ     松がえのすねたすがたにくらぶれば笑ふこゑある雪のなよ竹     家根舟の足あとならんすみだ川一すぢ黒き雪のゆふ暮     玉川の水に茶のあふ山吹はみのなき下戸のめづる雪の日     ふりつもるしるしの竹のいき杖は雪に道しる駒かたの駕     裙広く不二をそだてゝけさははやむさし野となる大江戸の雪     竹につもる雪を硯のすみにすりて腰をれ哥からんとぞおもふ     どつさりと降つむ雪の松屋町軒のうて木の枝をれのこえ     かよひ路も夕(ゆうべ)はとまる日かげ町寒さやこゝにつもる大ゆき     生竹をひしぐ力のありそともみえぬ葉すゑの雪のはつ花(画賛)〟     〈達磨 窓の呉竹 冨士 鬼瓦隠るゝ雪のあした 松屋町 日蔭町〉   ◇「獣店」     あし垣のよしずかこひの小男鹿の胸わけにして売る獣店(画賛)     山くじら鴨鹿もうる獣店うさぎは銭の波をはしれり     けもの店狐くらふて思はずも汗にまゆ毛をぬらす冬の日〟     〈葭簀囲いの店 山くじら(猪肉) 狐〉   ◇「浅草海苔」     うり出す浅草のりは◯になき江戸むらさきの色をもちけり     上手ほど水はもらして浅草の海苔のすたれに手際みえつゝ     都よりゆるしの色のあらはれて菊の紋付浅くさの海苔     手料理の鴬菜にものりの香はなか/\梅におとらざりけり     見わたせば軒を並べて浅草の市の苫屋の花のみち海苔     浅草へあすはおくらん小柴さす大森沖にとれる干のり〟     〈浅草市 大森 干し海苔〉   ◇「芝居」(顔見世)     顔見世に紅葉のにしき着かされどあきたにみえぬ土間とさんじき     しばらくの柿の素袍や三升連しぶけのぬけた芝居けん物     狂言の箱を出したる琴せめに爪もたゝざるひとの大入     鳥居家のひやうたん足の看板に鯰坊主も見ゆるかほみせ     㒵見世の入替る坐の役者さへみなこのみある銀杏たち花     しばらくの目のよる所みえしとて土間さんじきも玉そろひなり     ゆふ/\ときなす素袍の袖ひろくひゝきの入れぬ三升連中     おさへたるひさごのやうにかしましきなまづ坊主の出るかほみせ     橘のやくらのまくもむかし風袖かんばんもにほふかほ見勢     かほ見世の羅漢桟敷にむかし人親によく似たしばらくもみつ     坐しきまでこよひにぎはふ㒵みせやぞうにの菜さへつみ物にして     福牡丹株も大きく成田屋にとし/\ふえる三升連中     うたゝ寐の夢も一まく明からすおきな/\ときほふ㒵みせ     つげ渡る一ばん烏二番とり三番叟より這入るかほみせ     大江戸へ下り役者が口上のなが上下もよく似合たり〟     〈顔見世 鳥居看板 三升(成田屋・福牡丹・市川団十郎) 銀杏(中村座) 橘(市村座)〉   ◇「酉市」     賽銭をつかみて投る鷲のみやさらふ熊手のうれる市の日     花又の町にも一日くれはどりあや瀬をかへるとりの市人     はくれしと松さへし?袖も市の日は引さかれけりわしの明神     熊手をもにきりし人の込合は蟻ほど土手をかよふ市の日     治りし御代は角力のたいこにもおどろかで出るとりの市人     ぐんしゆする人かきわけて熊手をもみやげにかふてもどる酉の日     〈葛西花又村の鷲(ワシ)明神 浅草田圃の鷲(オオトリ)神社〉   ◇「沢庵大根」     たんねんの老が差図にたくあんをしわのよるほど干せし大根     沢庵も坐禅のならひ初けんものいはぬいろにつける大根     鯱(しゃちほこ)のこがねのいろをふくませてたくあんつけや尾張大こん     らく書の文字ある壁へほしぬるは縄にむすびしたくあん大根     いく度かねり馬の畑の地合よくちりめんしわの寄る干大根     寒さをもいとふこゝろはあらかねの土大こんをあらふしづの男     漬そめし聖の御名をそのまゝにおしなべてよぶたくあん大根     〈尾張・練馬の干し大根〉   ◇「辻々 木戸番」     伊予すだれかけし番屋の時まはり八ッ九ッもうてる拍子木     拍子木につけ行あとの◯しれてものうき雪の夜半の木戸番     うぐひすの馴たる竹の仮木戸に夜飼のあかり見する箱ばん     狼のすむ山家出か木戸ばんは拍子木をもて人をおくれり     大江戸のまはり舞台の拍子木や出這入に打辻の番小屋     長き夜を舟こぐ辻の番太郎いかりおろして寝たる明ぼの     のりのきし芝居もとりを切まくの拍子木入るゝ辻の木戸ばん     門〆て寝よとのかねを合図にて打木戸ばんのおくり拍子木     〈伊予簾 拍子木 鴬の夜飼い 人送り 番太郎 居眠り〉   ◇「塩干魚」     十日目のあま塩の魚江戸に来て五日の風に干す四日市     魚へんの雪くばりする四日市氷室つかひのやうにいそげり     四日市魚屋の軒も冬の来てかたみに雪を見するしほ鱈     年の市果報をまつが魚屋の見世に寝てゐる鱈としほ鮭     塩にして春のまうけを松の魚かすみをひけるはたもみせけり     魚へんに作りの雪とみゆるほどしろくつもりし川岸の塩鱈     〈四日市 塩(鱈・鮭)〉   ◇「暦売」     月日星しるすこよみを鴬のねぎしの里もうり歩行けり     うぐひすの夜飼はまだき門口に月日よび行こよみうりかな     〈暮れ方まで歩き売る。夜飼は鴬を早鳴きさせるために、冬の夜、灯をともしたり餌を与えたりすること〉      ◇「餅搗(つき)」     山鳥はおろか夜かいのうぐひすもなくやかゞみの餅つく◯◯ろ     ひるのみか夜のめも寝ずにねる餅に誰か引つりの名を負せけん     いづ方も春支度と見ゆるなり柳にはなをつけるもちつき     餅つきし庭にとり◯の雪はれて臼のあとなる月ぞのこれる     もちつきのその足もとの雪さへも大根おろしのやうにとけたり     〈鏡餅 柳に餅花 正月用餅花造り〉   ◇「節分」     打豆のあられたばしる小手の内に鬼をひしぎてやらふ名の声(画賛)     鳩を追ふをみなもたのめ豆まきて浅草寺に鬼やらふ夜は     節分の福茶に梅のかほりしてとしのうちより春はきにけり     〈鬼やらい 豆まき 年内節分〉   ◇「年市」(浅草市)     はま弓を手にもつ人もとしの市随身門に立て居る見ゆ     春ちかき市のぐんしゆや羽子板にうら行梅の花川戸町     来る春をまうけの市や浅草の松のなみ木に門の竹町     年の市たつや手まりを包みたる吉野帋よりかすみそめけん     としの市ぬけがけしたる武士の矢大臣門からはしる吉はら     直をつけし人とあらそふかい詞まけてうり勝といしのいち人     〈破魔弓 羽子板 手鞠 花川戸 並木 竹町〉   ◇「大晦日」     行年ををしみ春をも待わびて晦日一夜は寝られざりけり(画賛)     青柳のかみはつくねて大晦日島田にむすぶ喰つみの昆布     大みそか春もとなりへたちかけて門松までも立てはたらく     かぞえ日を指をうづめし小指より起てとぞ汲あすぞまたるゝ     あすはまたはつ音またるゝ鴬の色の茶そばもめづるすごもり     大みそか財布の口と門の戸をあけてにぎはふ江戸もまち/\     年のなたとはいひながら大みそか人のなみうつ江戸のにぎはひ     せはしなき今かぞへ日にかぞへたる指も寝るまのなき大みそか     鉢うゑの梅の枝さへせわしさに目をつくやうなつごもりの夜半     大みそか宝かぞへて十露ばん玉のはるまつ商人のたな     かけこひの荷ふ財布のいと重み白かね町にふけるとしの夜〟     〈門松 茶そば 掛乞い〉