☆ 天明五年(1785)
◯『青楼年暦考』〔未刊随筆〕②246(著者未詳・天明五年記事)
〝(八月)新町大びしや綾きぬ心中【御客ハ神田明神下の御旗本衆、知行四千五百石藤枝氏御家断絶】
此相対死両方共死す。京町うらより堀の外百姓の家にて〟
◯『きゝのまにまに』〔未刊随筆〕⑥52(喜多村筠庭著・天明五年(1785)記事)
〝藤枝外記は食禄四千石之御旗本也、然るに吉原町大菱や遊女綾衣ニ通ひて共に情死したり、依て知行
没収絶家に及べり、寺は浅草田圃幸竜寺なり、其時埋葬したるを堀り返して、又々検屍ありしとか、
是は八月中の事なり〟