☆ 文政十年(1827)
筆禍『阿漕物語』後編(読本)
処分内容 絶版
作者 狂訓亭楚満人(為永春水)(未詳) 画工 歌川国安(未詳) 板元(未詳)
処分理由 風俗紊乱
◯「阿漕物語後編」(宮武外骨著『筆禍史』p112)
〝『阿漕物語』の前編四巻は文化六年式亭三馬の著なり、勢洲阿漕ヶ浦の争乱を基としたる小説にして、
例の平次等と共に忠臣孝子烈婦等を描出したるものなるが、此後編は其あとを継げる為永春水の著なり、
『国書解題子に曰く
阿漕物語後編(六巻)式亭三馬の阿漕物語の続編なり、即ち三馬が前帙の例言に「這の書編述未だ稿
を畢らず、全部八巻、先づ半を裂て世に広くす、後帙四本、開市を俟て高覧あらば、余が幸甚しから
ん」と記せるが、其の後其の志を果さずして病没したりければ、其の遺意を受けて門人狂訓亭三鷺
(為永春水)之れを補定し、歌川国安画図の業に与りて、一書を成せる所なり、文政九年丙戌秋七月
の序あり、全編六巻十齣より成れり、但し本書は頗る当時の子女の嗜好に適し、大に其名を博したる
が、風俗壌乱故を以て罰せられ、書は悉く絶版せられたり
如何なる刑罰を受けたるかは未詳なり、又此書絶版と成し事も右の記事にて見るのみ
さて風俗壌乱とは那辺の記事なるかと、試みに通覧すれども、此処ぞと云ふべき点もなし、
(*以下、記事の引用あり、略)
著者春水が後年の『春色梅暦』に筆せるが如き誨淫卑猥の個所はなかりし、之を当時幕府が風教上に害
ありとして絶版を命じたりとは思はれず、或は『東鑑』に拠れる鎌倉時代の物語といふと雖も、実は仮
托にして、近き諷喩の意あるものと認めしにもありしならんか〟
『阿古義物語』後輯 狂訓亭楚満人(為永春水)作・歌川国安画(国書データベース画像)
〈宮武外骨は『阿古義物語』後輯の刊行年を文政十年とするが、国文学研究資料館の「日本古典籍総合目録」は文政九年
刊とする。宮武は処分理由に納得が行かない様子だ〉