☆ 文化初年(1804~)
◯『反故籠』〔大成Ⅱ〕⑧252(万象亭(森島中良)著・文化初年成立)
(「江戸絵」の項)
〝(明和二年の大小の会および鈴木春信の吾妻錦絵に関する記事あり)
今の錦絵の祖なり。糊入へ薄紅にて若松を白抜に摺り、藍にて吾嬬錦絵と書きたるたとうに、一枚づゝ
包て売る、【大を大錦、中を間錦、小を孫錦といひ、役者絵をきめといふ】大錦は箱入か色摺のたとう
入にて、四枚つゞき五枚つゞきなり、板元は馬喰町の西村永寿堂なり〟
〈「糊入へ薄紅にて若松を白抜に摺り、藍にて吾嬬錦絵と書きたるたとう」とは「座敷八景」の包紙のことを言ってい
るのであろうか〉
☆ 天保四年(1833)
◯『無名翁随筆』〔燕石〕③277(無名翁(渓斎英泉)著・天保四年序)
〝伊予奉書二ッ切を合錦と云へり、みよし二ッ切を小合錦と云、大錦二ッ切は中錦、合錦二切は中合と云、
伊予奉書竪四ッ切をきめと云〟