◯『此花』第十六号(朝倉亀三著 此花社 大正三年(1914)一月刊)
(国立国会図書館デジタルコレクション)
〝藍絵とは、藍一色を以て、濃淡巧みに取り合せて、印刷したものを云ふので、天保度改革の時に発兌さ
れた。出版界圧制の記念物である。
これは時の執政水野忠邦が、倹勤令を発した時に、錦絵の華美に流るゝを見て、遊女や女芸者や俳優の
似顔絵と共に、極彩色の錦絵をも禁止した結果である。
(天保十三年六月および同年十二月の申渡 中略)
申渡には七八遍の彩色摺を許可されてゐるのに、何も藍摺絵を売出す必要がないやうに思はるゝが、こ
れは禁令の出た当時、続々違反者を検挙されたので、錦絵問屋では何うして宜いやらと迷ひに迷ふたの
と、一枚十六文以上の品を禁止されたので、七八篇摺の彩色錦絵を売出しても引合はなかつた結果、藍
絵を巧みだしたのである、偖売出して見ると安価ではあり一寸変つてゐるので評判がよく、一時錦絵界
は藍絵の世となつたのである、併し是も何時しか厭れて、其の中には禁令も弛んだので、又高価の錦絵
も現はるゝ事となつたが、この安売令が動機となつて、錦絵は次第に粗悪となる斗り、終には其の名に
反くやうな粗紙の安彩色摺となつて仕舞つたのである〟
◯『浮世絵の諸派』上下(原栄 弘学館書店 大正五年(1916)刊)
(国立国会図書館デジタルコレクション)(上105/110コマ)
〝藍絵
濃淡藍三四遍摺のもの、又は藍摺の遊女絵に帯の織切のところ一小部分だけ赤を用ひたものなどがある。
これは天保十三年徳川幕府が、浮世絵彩色禁止令の結果である。つまり浮世絵が愈華美に流れて、風俗
を害する恐があるからである。画家は葛飾北斎・歌川国貞・同広重・同国芳などである〟