Top            『鼠璞十種』            浮世絵文献資料館
    鼠璞十種              た行                 ☆ たいがどう 大雅堂     ◯『読老庵日札』中136(老樗軒著・文化年間末記)   (「指頭画」の項)   〝吾邦にて指頭画をなすもの、池大雅及び黒川亀玉よく是をなす〟    ◯『反古のうらがき』中83(鈴木桃野著・嘉永三年記)   (「大雅堂」の項)   〝此人の画、東都にあるはこと/\くいつはりなるよしは、みな人のしる事なれども、其門人どもが工み    に似せたるは、いかにしてもしるよしなしとぞ。京摂の間は其もてはやしも又甚しく、其門人といへど    も、あざむかれて偽物を賞翫するもあり。大雅堂歿して後、其年忌に当れる日、門人共がいゝ語らふよ    ふ、こたび打よりして追福の会を催し、おの/\師の手筆の画持寄りて、大きなる寺院の広座敷にかけ    置て、互に見もし見せもして、終日供養なしたらんは、師のよろこばしく思し玉はんとて、其日の酒飯    の料出し合て、二三十人寄り合けり。こゝに何某といへる人あり。これは大雅堂の門人なれども、師の    世にいませる頃より、師の偽筆をかきて、銭金にかゆるをもてなりはひとなしてありければ、同門の人    々賤しみ悪みて、常にも同門の数にもいれねば、此度の催しの事も告しらせざりけり。すでに其日も時    うつりて、皆酒をくみかはし、画道の物語などしていと興ありける頃に、彼の何某が麻の上下に黒小袖    着て、手に一幅の画を携へ、其席に入来れり。人々あれは如何にといふに、いや吾も師が門人なれば、    今日の列にくわへ玉へ、各が約の如く、師の画幅も持て来りぬ、寄合の酒飯料も持て来ぬとてさし出す    に、皆々かほ見合せて、如何に計らはんといふを、とし老たる門人がいふ、此人常に賤しみにくまれた    りとて、師の門人に疑ひもなく、殊に師の不興蒙りたりといふにもあらねば、師の追福の為に催せし会    に、数に加へじといふ理りなし、またかれが持て来りし師の画幅もあれば、もて帰れといふべき理りな    し、許して列にいるゝこそよからめといふにぞ、皆人々もさらばとて通しけり。何某も大によろこびて、    おのが持て来玉ふ幅ども見んとて、広座敷一ト廻り見てけり。帰り来て、元の座に付けるが、扨もよく    多く集まりてめでたし、各が師の道慕ひ玉ふ心の深きも推計られて、よろこばしく侍るなり、しかし今    見たりし中に、おのれがかきたる幅、三幅迄見ゆるといふにぞ、皆人々おどろきて、にくきかれが広言    かな、師の門人がまさしく師に授りし画なるに、彼れが筆ならんいわれなし、いづれをか自からの筆と    いふや、ことによりては其まゝに捨置がたしなど、口々にのゝしるにぞ、いや争ひは無益なり、第幾番    目の幅より、又二つ置ての幅、末より幾番目の幅、此三幅はみなおのれが筆なり、但し其持主はしらね    ども、親しく師の筆をとりて画きしをみて授りたるにはおそらくはこれあるまじ、市にて求め給ひつる    ならん、さあらんには正しき師の筆とはいゝがたし、いかにぞやと問ひたるにぞ、みな目を見合ひて辞    なし。但し市にて求るにも、一人の眼に極め兼たれば、同師の友どち助け合て見極たることゞもなれば、    今更に師自ら授け玉へるなりともいつはり兼ねて、悪しとは思へども、争ひにもならで休みけり。かゝ    れば此の何某の偽筆は、おさ/\師にもおとらざりけるが、同師の友にさへ見あやまる程ならば、他人    の見て真偽を言ひ争ふは益なきことぞと、京師より帰りたる人語りける。【◎大雅堂、文晁、応挙ナド    ノ画ハ偽シ易シ。椿山ノ画ニ至テハ、天真爛漫ニ企及スベカラズ。夫サヘ近時偽物オボタヾシクアリテ、    庸凡ハミナアザムカルヽ也。予鑑裁ニ暗シトイヘドモ、椿山ノ画ニ至ツテハ、暗中模索スルモ失ハジ】〟    〈「師の世にいませる頃より、師の偽筆をかきて、銭金にかゆるをもてなりはひとなして」とある。在世中の大雅堂は     どう思っていたのであろうか。この挿話、残念ながらそれについては触れてない。この贋作造り、それで生活してい     たというのであるから相当数流通していたのではあるまいか。結局、門人達も師匠の没後、不本意ながら贋作を真筆     として追認し、結果的にこの贋作造りに荷担してしまったのである〉