Top 『鼠璞十種』浮世絵文献資料館
鼠璞十種 さ行☆ しゅんしょう かつかわ 勝川 春章 ◯『明和誌』中193(青山白峰著・宝暦~文政記事) 〝明和頃役者似顔の一枚絵はじめて出る。一目にてたれと分り候やう書ことなり。画は、勝川春章、文調 といふ両人なり。其後安永に至り、美人合すがたかゞみと云ふ本を出す。吉原女郎の似がほ、是等にし き絵のはじめなるべし〟〈「美人合すがたかゞみ」は、勝川春章・北尾重政画の『青楼美人合姿鏡』(安永五年刊)か。春章は役者及び遊女似顔 絵の創始者と見なされていたのである〉 ☆ せきえん とりやま 鳥山 石燕 ◯『反古袋』付録2p7(編者未詳・享保~天明二年記事) (「続未刊随筆談(二)」中村幸彦著) 〝石燕主にて、寝ぼけ師を招て、蓮飯を振廻ける由、同僚には平賀氏を召しけるとぞ、席にて一作有りけ るよし、人の見せけるに、 雨中過梧柳庵 南 畝 碧柳千条梧十尋 池亭更入芰荷深 自逢風雨多幽興 石舞零陵洞裏陰 荷葉飯をよめる 四方赤良 はちす葉のにごらぬ水にときあけて焚ぬる飯は玉をあざむく〟〈中村幸彦はこの記事に〝石燕は歌麿や恋川春町の師画家鳥山石燕、平賀はどうやら平賀源内らしい。役者が揃い過ぎ ているが、作は如何であろう〟としている。「寝ぼけ師」は寝惚先生で大田南畝・蜀山人。この詩は大田南畝側の資 料にもあり、『大田南畝全集』第三巻「南畝集四」に「雨中石燕丈人梧柳庵」(漢詩番号553。但し結句は〝石舞零陵 古洞陰〟)として収録されている〉