Top           『日本随筆大成 第一期』         浮世絵文献資料館
   日本随筆大成 第一期          ら行                  ☆ らんさい 蘭斎    ◯『骨董集』⑮367(山東京伝著・文化十年序)   (「鏡磨」の考証。模写あり)   〝鏡磨古図    画風をもて考るに此絵は貞享元禄のはじめのころゑがきたらんと見ゆれど(以下略)蘭斎縮写〟      ☆ らんとくさい 蘭徳斎  ◯『還魂紙料』⑫268(柳亭種彦編・文政九年刊)   (「糒の看板」の項)(模写あり)   〝近く蘭徳斎が画る蘭徳斎が画る伊達の与作といふ絵草紙に(略)上に摸しゝ図あり。当時まではたれ/\    も見知りし看板にて(以下略、大師流の「ほしい」から烏二三羽に看板が替わりしことを考証している)〟    ☆ りすい 里水    ◯『歴世女装考』⑥297(山東京山著・安政二年刊)   「勝山髷之詳図 ・こゝには頭のみ全図は略す」(模写あり)   〝此図は天保二年辛卯の三月廿二日、但馬国の人某より画軸に書を添て、高尾なるべけれど幾代目なるや、    画師の伝も示せ、と云しは、小袖にもかんざしにももみぢの紋あるゆゑなり。落款に宝永乙酉大和繪師    里水図之とあり。高尾は十代目、繪師はもろのぶ門人なりと考証を記しおくれり〟    ☆ りゅう やまざき 山崎氏女 龍    ◯『花街漫録』⑨299(西村貘庵編・文政八年序)  「西条高尾之図【長二尺四寸 巾八寸九分】」山崎氏女龍画 花明園蔵」(模写あり)   〝このお龍がうつしゑは時代少しおくれて寛文天和の頃の西条高尾ともいふべし。こは同じ三浦屋の抱遊    女にて、その客に西条吉右衛門といへるが、あまたの金銀をなげ出し、揚詰(二字未詳)によりて、西    条を異名とす。かつ天和二年に右の吉右衛門根引せしことは廊中の旧記にしるせれはもともたゝしとい    ふべし〟     ☆ りゅうこうさい 流光斎    ◯『東牖子』⑲164(田宮仲宣著・享和三年刊)   (鍬を担ぎ牛を引く農夫と葭を編む農婦の図)   〝流光斎(花押)〟    ☆ りゅうほ ひなや 雛屋 立圃     ◯『骨董集 上編下巻』⑮502(山東京伝著・文化十二年刊)   (「於国歌舞妓古図考」の項)   〝許六が〔歴代滑稽伝〕に雛屋立圃は画を能す。京童と云名所記自画也。元禄十五年印本、団水が〔花見    車〕巻二に、立圃、寛文九年晦日卒す、とあり。〔誹諧家譜〕には、寛文十二年三月十七日没す。年七    十一とあり。いづれが是なるをしらざれども、慶長中くにが、かぶきのさかりなるころ、立圃はおほか    た十五六歳にてありしなるべし〟