Top           浮世絵文献資料館            藤岡屋日記Top                  『藤岡屋日記』【け】    ☆ げいしゃ 芸者  ◯『藤岡屋日記 第四巻』p135(藤岡屋由蔵・嘉永三年(1850)記)   ◇女芸者逮捕    〝六月十一日、両国茶屋、大花火にて貴賤群集致し候処、柳橋にて女芸者三人被召捕也。    当時、両国にて女芸者五十六人有之候よし、右之内にて名うての三人を召捕候由、親子廿六人被召捕候    由、此節、手前ゆるみにて内々ころび候よし、今宵は大花火故に書入に致し居、衣裳着錺り出候処に、    右三人被召捕候に付、五十六人残らずいづこへか逃去候よし。      大花火合図に芸者逃散りて調子もくるふ両国の茶や〟    ☆ けん 拳  ◯『藤岡屋日記 第三巻』(藤岡屋由蔵・嘉永元年(1848)記)   ◇とてつる拳 p129   〝(二月)此節猿若町河原崎座にて、とてつる拳の狂言大当りにて、花見に出る程の人は姥婆かゝに至る    迄、此拳を知らぬものは大なる恥と思ひ、十六文出し、とてつる拳の稽古本を買て、皆々往来をけんを    しながらかゑるなり      けんとふも違へず当る成駒や 江戸市川で客はまつ本〟    〈この狂言は正月十五日より上演された「飾駒曽我(ノリカケソガ)道中双六」。その狂言中「笑門俄七福」と題された浄瑠     璃の場で、中村歌右衛門・市川九蔵・松本錦昇(幸四郎)の三人によって「とてつる拳」が演じられた。所謂「三す     くみ拳」と呼ばれるもので、この「とてつる拳」では、虫拳(がま蛙・蛇・ナメクジ)、虎拳(虎・和藤内・婆さま)     狐拳(狐・庄野・漁師)を一つにして、がま蛙・虎・狐の組み合わせにしている。これを一勇斎国芳が「道化拳合」     と題して、がま蛙は成駒屋・中村歌右衛門、虎は市川九蔵、狐は松本錦昇、それぞれ役者の似顔で描いている〉    「道化拳合」 一勇斎国芳画    (ウィーン大学東アジア研究所FWFプロジェクト「錦絵の諷刺画1842-1905」データーベース)  ◯『藤岡屋日記 第三巻』(藤岡屋由蔵・嘉永二年(1849)記)   ◇三国拳 p456    〝正月十一日市村座芝居新狂言初日也、一番目曽我、二番め青砥草紙、中村歌右衛門、青砥左衞門大当り    也、座本羽左衞門・中村歌右衛門・関三十郎、三人にて三国拳を致す也。     おまへは女の名でおいせさま、かぐらがおすきでとつぴきぴいのぴひ、しゝはもろこしこうしさま、     てん/\てんぢくおしやかさま、丸くおさまる三国拳、そんな事アじやぶ/\、おひげをなで/\     くるりとまわつていつけんしよ    此拳は日本が天照太神、天竺が釈迦、唐土が孔子、右三人の拳也。      又拳かさてけんやくにあきはてた さひけんならずよし原にしな     (以下略)〟  ◯『藤岡屋日記 第三巻』「珍説集」p475(嘉永二年(1849))   「嘉永二己酉年 珍説集【正月より六月迄】」   〝嘉永二己酉年      翁稲荷、新宿の老婆、於竹、三人拳の画出るなり。     板元麹町湯島亀有町代地治兵衛店、酒井屋平助ニ而、芳虎が画也、但し右拳の絵は前ニ出せる処の図    の如くにして、名主村田左兵衛・米良太一郎の改割印出候へ共、はんじものにて、翁いなり、三途川の    姥婆さまハ別ニ替りし事も無之候へ共、馬込が下女のお竹女が根結の下ゲ髪にてうちかけ姿なり、是は    当時のきゝものにてはぶりの宜敷、御本丸御年寄姉小路殿なりと言い出せしより大評判ニ相成候故、上    より御手入れの無之内、掛り名主より右板をけづらせけり、尤是迄ニ出候処之絵、新宿の姥婆さま廿四    番出、外ニ本が二通り出ルなり〟    「流行御利生けん」(翁稲荷、新宿の老婆、於竹、三人拳の画) 道外一猛斎芳虎画    (ウィーン大学東アジア研究所・浮世絵木版画の風刺画データベース)    〈一猛斎芳虎画「流行御利生けん」(翁稲荷、新宿の老婆、於竹、三人拳の画)に関する記事は、お竹の「下ゲ髪にて     うちかけ姿」が大奥の姉小路を暗示しているのではないかという評判がたち、お上の手入れを恐れて板木を削ったと     いう内容〉  ◯『藤岡屋日記 第五巻』p98(藤岡屋由蔵・嘉永五年(1852)記)   ◇三獣拳    〝【新宿狼、高輪狸、浅草猫】三獣拳    おまへ高輪でおたのさん、おそばがお好でする/\すゝ、ぬしは新宿おかめさん、てん/\手のある白    糸さん、丸く納る丸〆猫、にやんのこつたにやう/\、御客招き/\風団の上で一服せふ〟  ◯『藤岡屋日記 第十三巻』(藤岡屋由蔵・慶応元年(1865)記)   ◇狐拳・虫拳(十月)⑬315   〝狐拳 庄屋をバうまく化かせし狐めを鉄砲持てねらふ狩人       庄屋 大樹公/狐  一橋  /狩人 会津    虫拳 大いさ(ママ)なる口で蟇を呑気でもぬらりと側へ寄るなめくじり       蟇  大樹公/蛇  関白閣下/なめくじり 唐津嫡〟    〈大樹公は徳川十四代将軍家茂、一橋は水戸の徳川慶喜、狩人は京都守護職・会津藩主松平容保。関白閣下は史上最後の     関白とされる二条斉敬。唐津嫡は老中・唐津藩主小笠原長行〉    ☆ けんやくしょうれい 倹約奨励  ◯『藤岡屋日記 第二巻』p193(藤岡屋由蔵・天保十二年(1841)記)   ◇倹約奨励   〝(五月)狂詩五言    世間如享保  衣類道具麁  鼈甲百目櫛  人形八寸雛    印籠無梨地  緒〆禁珊瑚  来春初卯日  驕可限一銖〟