Top 『続燕石十種』浮世絵文献資料館
続燕石十種 は行☆ ばえん いっぽうさい 一峰斎 馬円 ◯『京摂戯作者考』①338(木村黙老著・成立年未詳) (「浮世絵師」の項) 〝一峰斎馬円 大坂亀山町、後藤屋敷に住す、原東武の人、葛飾北斎門人、始め馬遠と号し、後浪華に来り、大岡喜藤 次【公儀の絵図引也】の養子となり、馬円と改む、俗称大岡由平、後、藤次と更む、文化七八のころ三 月没〟☆ はくえい けいちゅうろう 桂中楼 白瑛 ◯『京摂戯作者考』①333(木村黙老著・成立年未詳) (「戯作者」の項) 〝桂中楼白瑛 京師の人、画をも好くす〟☆ はるさだ やすかわ 保川 春貞 ◯『京摂戯作者考』〔続燕石〕①338(木村黙老著・成立年未詳) (「浮世絵師」「保川春貞」の項) 〝京師の人、画作ともになす〟☆ はるのぶ すずき 鈴木 春信 ◯『反故籠』②169(万象亭(森島中良)著、文化年中前半) (「江戸絵」の項) 〝(筆者注、明和二年大小の会に七八遍摺板行始まる、大場豊水の項参照)是等より思ひ付て、鈴木春信 【神田白壁町の戸主にて画工なり、画は西川を学ぶ、風来先生と同所にて、常に往来す、錦絵は翁の工 夫なりといふ】東錦絵といふ看板を、所々の画草紙屋へかけさせて売出す、今の錦絵の祖なり。糊入へ 薄紅にて若松を白抜に摺り、藍にて吾嬬錦絵と書きたるたとうに、一枚づゝ包て売る、【大を大錦、中 を間錦、小を孫錦といひ、役者絵をきめといふ】大錦は箱入か色摺のたとう入にて、四枚つゞき五枚つ ゞきなり、板元は馬喰町の西村永寿堂なり〟☆ はんざん まつかわ 松川 半山 ◯『京摂戯作者考』①339(木村黙老著・成立年未詳) (「浮世絵師」の項) 〝松川半山 大坂の人、道修町に住す、画に巧なり〟☆ ふさのぶ とみかわ 富川 房信 ◯『反故籠』②169(万象亭(森島中良)著、文化年中前半) (「江戸絵」の項) 〝宝暦の頃まで、皆是(筆者注、三色の紅摺絵)なり、其比の画工は、清信が子の清倍、門人清広、石川 秀信、富川房信などなり〟☆ ぶんちょう いっぴつさい 一筆斎 文調 ◯『反故籠』②170(万象亭(森島中良)著、文化年中前半) (「江戸絵」の項) 〝(筆者注、春信の錦絵登場)引続て、一筆斎文調、勝川春章、似顔の役者絵を錦摺にして出す、是をき めといふ〟☆ ほうすい おおば 大場 豊水 ◯『反故籠』②169(万象亭(森島中良)著、文化年中前半) (「江戸絵」の項) 〝明和二申の歳、大小の会といふ事流行して、略暦に美を尽し、画会の如く勝劣を定むる』事なり、此時 より、七八遍摺の板行を初て、しはじむ、彫工は、吉田魚川、岡本松魚、中出斗園等なり、夫より以前 は、摺物も今とは違ひ、至てざつとしたるものなり、其時、風来先生の大小は、一円窓の真中に沢村宗 十郎【後亀音】奴姿の鬼王にて立て居る、左に松本幸四郎【四代目団十郎】羽織工藤にて、横向に立て 居る、右に市川雷蔵五郎時宗、上下衣裳にて、睨んで居る、何れも半身宛にて、大場豊水が画なり、似 顔の画といふ物無きころなれば、大に評判にて有しなり〟☆ ほくうん とうなんさい 東南西 北雲 ◯『京摂戯作者考』①337(木村黙老著・成立年未詳) (「浮世絵」の項。名前のみ、記述なし)☆ ほくさい かつしか 葛飾 北斎 ◯『国字小説通』①302(木村黙老著・嘉永二年序) 〝読本繍像之精粗 文化の初に至て京伝が忠義水滸伝の口絵、唐山の水滸繍像に傚ひて、北尾重政が筆を奮ひて画きしより、 殊外に評判よかりし故、馬琴作の翻釈水滸画伝のゑを葛飾北斎画がき、京伝作の善知鳥全伝をば歌川豊 国絵がきて、皆々巧妙の手を尽せしより、諸作みなみな新奇を争ひて絵がくことゝは成たり〟〈「馬琴作の翻訳水滸伝」は『新編水滸画伝』初編(文化二年、四年刊)〉 ◯『わすれのこり』②125(四壁庵茂蔦著・安政元年序) 〝北斎大馬 本所合羽干場にて、せんくわ千枚つぎに墨画の大馬を画きたり、桟敷をかけてみせたり〟 ◯『異聞雑考』②二四六(滝沢馬琴・天保五年二月二十四日記事) 〝(筆者注、天保五年正月刊『江戸名所図絵』について)この画工雪旦は、予も一面識あれども、かゝる 細画はいまだ観ざりき、縦北斎に画かするとも、この右に出ることかたかるべし〟☆ ぼくざん ほくどう 北堂 墨山 ◯『京摂戯作者考』①337(木村黙老著・成立年未詳) (「浮世絵師」の項。名前のみ。記述なし)☆ ほくせん かつしか 葛飾 北泉 ◯『京摂戯作者考』①336(木村黙老著・成立年未詳) (「浮世絵師」の項。名前のみ。記述なし)☆ ほくせん ほくてい 北亭 北僊 ◯『京摂戯作者考』①337(木村黙老著・成立年未詳) (「浮世絵師」の項。名前のみ。記述なし)