Top浮世絵文献資料館浮世絵師総覧
 
☆ ばいけい いっこうさい 一交斎 梅恵 (幾丸)浮世絵師名一覧
(幾丸〈いくまる〉参照)
 ※〔東大〕:『【東京大学/所蔵】草雙紙目録』     ☆ 文久三年(1863)    ◯「合巻年表」〔東大〕   ◇合巻(文久三年刊)※角書は省略    一交斎梅恵画(本文画中の屏風図)    『黄金水大尽盃』十五編(画)一恵斎芳幾 見返し・袋 狂斎画(著)為永春水 和泉屋市兵衛板            三オ・十オの屏風図「一長斎芳久画」四ウ・十ウの屏風図「一交斎梅恵画」    ☆ 元治元年(文久四年・1864)     ◯「合巻年表」〔東大〕   ◇合巻(元治元年刊)※角書は省略    梅恵画(見返しの画工担当)    『昔噺誉れの達贔屓』二編 上冊 一恵斎芳幾画 下冊 一蘭斎国綱画 見返し「梅恵画」藤本吐蚊作    ☆ 慶応元年(元治二年・1865)     ◯「合巻年表」〔東大〕   ◇合巻(慶応元年刊)※角書は省略    梅恵画(見返しの画工担当)    『新編朝日譚』 四編 芳幾画 見返し「梅恵ゑかく」種彦作    ◯『俗曲挿絵本目録』(漆山又四郎著)    交斎梅恵画『一休地獄噺』(富本)交斎梅恵筆 河竹新七作〔元治02/01/29〕  ☆ 慶応二年(1866)    ◯「日本古典藉総合データベース」(国文学研究資料館)   ◇咄本(慶応二年刊)    一恵斎芳幾画『春色三題噺』二編 春廼屋幾久輯 文玉堂板           口絵署名「朝霞楼芳幾画」挿絵署名「一葉斎幾歳女筆」「一交斎梅蕙筆」  ☆ 慶応三年(1867)  ◯『くまなき影』波月亭花雪の三回忌追善集 慶応三年刊    皎々梅崕編 方阿弥陀仏香以序 山々亭有人序 仮名垣魯文跋    (新日本古典籍総合データベース画像 国文学研究資料館)    〝梅恵斎幾丸 発句 月ハ又◎(月編+竜)もやうの竹の春 幾丸 〈◎は朧か〉    コマ絵(蹴鞠の図様に「花によせる木」とあり)    小伝 交来が次男にして俗称貞吉といふ、幼生(いとけなき)より芳幾の門に入(いり)、初号梅恵、後       改(あらため)て幾丸といふ、常に師の傍(かたはら)に案(つくへ)をすえ、筆を採(とれ)バ物い       はず終日(ひめもす)画くの外(ほか)他事(たじ)なし、能(よく)雑書を暗記(そらん)じて、古事       に経(わた)り毎選(まいせん)興画(けうぐわ)に手がらあり、未だ二九の青若(せいじやく)たれ       ども、人に対(たいし)て弁を労せず、行状(おこなひ)鍬形(くハがた)紹真(じやうしん)が三次       郎と云ひし折に似たりとぞ〟    〈交来は戯作者武田交来。梅恵から幾丸への改名は慶応二年か。鍬形紹真は北尾政美が松平越前侯に仕えてからの改称。三     次郎は政美の通称で黄表紙の署名にも使用した〉    ☆ 没後資料    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)    収録なし