Beyond Pesticides, 2024年5月17日
多種化学物質過敏症が
マサチューセッツ州により認定される


情報源:Beyond Pesticides, May 17, 2024
Multiple Chemical Sensitivity
Recognized by State of Massachusetts
https://beyondpesticides.org/dailynewsblog/2024/05/multiple-
chemical-sensitivity-recognized-by-state-of-massachusetts/


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2024年8月29日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/sick_school/cs_kaigai/USA/240517_BP_
Multiple_Chemical_Sensitivity_Recognized_by_State_of_Massachusetts.html

【Beyond Pesticides、2024年5月17 日】 マサチューセッツ州知事マウラ・ヒーリー (民主党) は、2024年5月12日から18日を多種化学物質過敏症啓発週間(Multiple Chemical Sensitivity Awareness Week)と宣言した(訳注:Massachusetts Association for the Chemically Injured)。この啓発週間は、1998 年に米国の多くの州で初めて制定された。多種化学物質過敏症(Multiple Chemical Sensitivity / MCS)は、化学物質不耐性(chemical intolerance)または、化学物質誘発の耐性喪失(Toxicant-Induced Loss of Tolerance / TILT)とも呼ばれ、呼吸器、胃腸、筋骨格、神経系などの 1 つ以上の身体系に障害が生じる病気である。環境化学物質やカビなどの生物学的物質に対する有害反応が原因と考えられている。罹患した人は、疲労、発疹、筋肉痛や関節痛、記憶喪失などの症状に苦しむ。

 マサチューセッツ州の宣言は、”州民にこの事象を認識してもらい”、MCS に苦しむ同胞の痛みを認識するよう奨励している。5月12日は、 5月12日啓発デー(International May 12th Awareness Day)としても知られ、MCS、線維筋痛症、湾岸戦争症候群など、化学物質に対する過敏症に関連する多くの疾患について国民を啓発するために 2006 年に英国で始まった記念日である。

 一部の科学者ら(訳注:Karen E Binkley の論文 2023 Dec/多化学物質過敏症/特発性環境不耐症: 診断と管理への実践的アプローチ)は MCS を心理的または心身の問題と見なしているが、MCS は精神または感情的障害とは異なる身体疾患であるという現実を支持する声が増えている。しかし、診断を確実に確認できる医療検査はないため、医療従事者は TILT 質問票(訳注:化学物質過敏症自己診断 テキサス大学 Chemical Intolerance Self Assessment)などの自己申告に頼らざるを得ない。そのため、医療従事者には患者に対して 1 つの選択肢しか残されていない。それは、誘発物質への暴露を避けて症状を緩和することである。多くの場合、これには運動や食生活の変更、および家庭での身体手入れ製品、洗浄製品、殺虫剤の使用の削減が含まれる。疾病管理予防センター (CDC) は、ここで(訳注:リンク切れ)臨床治療アプローチを推奨している。マサチューセッツ州化学傷害者協会(Massachusetts Association for the Chemically Injured)は、MCS の症状に対処し、医療および政府の支援を利用するための多数のリソースと、MCS 問題に取り組む他の多くのグループへのリンクを提供している。

 マサチューセッツ州の宣言で述べられているように、MCS はアメリカ障害者法、米国環境保護庁、社会保障局、住宅都市開発省、およびその他の連邦および州政府機関によって認められている。しかし、MCS 患者は失業から住宅がない状況に至るまで、生活に連鎖的な影響を経験することがよくある。化学物質にさらされない住居や職場を見つけることは難しい。

 職場は大きな問題の原因となる可能性がある。労働者は通常、週の約 4分の1 をオフィスビル内で過ごす。こうした非農業環境でも、殺虫剤やその他の工業化学物質が家具、カーペット、木材などの建築資材や装飾品に染み込んでいたり、ゴキブリやアリなどの害虫駆除に使われたりしている可能性がある。

 オーストラリアのメルボルン大学土木工学名誉教授のアン・スタインマン博士は、香料や室内空気質などの消費者製品の排出物について広範な研究を行っている。2018年にスタインマン博士は、アメリカ人の 25%が塗料、石油化学製品の煙、香料に含まれる一般的な化学物質に反応して症状を呈するという研究結果を発表した。(訳注:ScienceDaily 2018年3月14日 アメリカ人の4人に1人はよくある化学物質に暴露して苦しんでいる(当研究会訳

 2021年の研究では、米国、英国、インド、中国のオフィスにおける職場での暴露に関するデータを収集した。労働者は環境中の化学物質を吸収するシリコン製リストバンドを着用していた。研究対象となった 99種類の化学物質のうち、5種類を除くすべてが少なくとも1つのリストバンドで検出された。マラチオンやクロルピリホスなどの一部の農薬については、インドと中国で暴露が最も高かったが、ペルメトリンは米国と英国で最も多く見られ、これはおそらくペルメトリンは農業用途に加えて、都市部での昆虫の蔓延防止や蚊対策にも使用されているためであろう。重要なことに、クロルデン、DDT 分解産物 DDE、PCB、PBDE 難燃剤(欧州連合ではほとんど禁止されているが、米国では完全に禁止されているわけではない)など、禁止されている化学物質がいくつかリストバンドに付着していた。これは、これらの残留性化学物質が最初の使用日をはるかに超えて残留し、職場や家庭で何世代にもわたって人々を暴露させる可能性があることを示す。

 リストバンドの研究では、手洗いによって暴露が大幅に減少したと指摘されているため、MCS 患者は頻繁に手を洗うことで化学物質の誘因にある程度適応できる可能性がある。

 MCS の治療は依然として不正確である。マサチューセッツ州化学傷害協会(Massachusetts Association for the Chemically Injured)のウェブサイトのビデオで、ハーバード大学医学部の臨床医学准教授である L. クリスティン オリバー医学博士は、”奇跡的な治療法は存在しない”と述べている。さらに、医師は MCS を認識するための訓練を受けていないため、感情的な問題として扱うか、アレルギー、代謝および心血管疾患、消化器疾患の検査によって 1 つ以上の症状に焦点を当てる傾向があると彼女は言う。しかし、特定の身体疾患のメカニズムが残念ながら欠如しているにもかかわらず、オリバーは”これは心因性疾患ではない”と強調している。

 MCS 患者が直面する問題は、職場や公共の場での喫煙禁止をめぐる論争に似ていると彼女は付け加える。喫煙禁止には強い抵抗があったが、禁煙政策が実施されて以来、受動喫煙の健康への影響について多くのことが分かってきた。MCS の被害者にも非常に似たようなことが起こる可能性が高いとオリバー博士は言う。 MCS に対処するための政策的措置として、彼女は CDC の職場に対する内部方針が”国内のすべての職場で実施すべきことである”と述べている。たとえば、従業員は個人用の香水を使用すべきではなく、オフィスは改装や模様替えを行う前に敏感な個人に警告し、それらの個人が関連化学物質への暴露を回避できるようにする必要がある。

 さらに複雑なのは、環境化学物質に関連する多くの病気と同様に、MCS は 1 つの化学物質または環境有害物質への暴露ではなく、暴露の組み合わせによって、また単一のイベントではなく、長期間にわたる多数のイベントによって引き起こされる可能性があることである。科学、特に規制毒物学(regulatory toxicology)は、単一の急性イベントに焦点を当て、長期にわたる低用量イベントを無視してきた。

 化学物質過敏症(Chemical sensitivity)は、第二次世界大戦後の産業発展の爆発的な進展によって新たなストレス要因が大量に発生したのとほぼ同じくらい長い間、医学的疾患として取り上げられてきた。カナダのトロントにあるウィメンズ カレッジ病院の 2010 年の状況報告で、リン・マーシャル医師と共著者らは、MCS に対する科学的関心の歴史を振り返えった。著者らは、第二次世界大戦以降に 80,000 種類以上の化学物質が導入され、1950 年代と 1960 年代にはすでに患者が断続的な暴露に関連する症状を報告し始めていたことを観察した。1962 年の著書『人間の生態と化学環境に対する感受性』で、セロン G. ・ランドルフ医師は、この関連性を明らかにしようとしたが、この本は British Journal of Industrial Medicine で手厳しく批判された。その後、1970 年代にエネルギーを節約するために建物の気密性が向上してから約 10年後、マーシャル医師らによると、”シック ビルディング シンドローム”が化学物質過敏症の引き金として浮上した。それ以来、電流やマイクロ波放射など、他の多くの引き金が、可能性のある原因のリストに追加されている。

 しかし、たとえば、少量の香水と浴室の芳香剤、建材に含まれる殺虫剤の組み合わせが、MCS のさまざまな症状を引き起こし、その後の生活に壊滅的な影響を及ぼすかどうかについては、ほとんど進展が見られない。化学物質が多くの身体系に影響を及ぼす細胞プロセスに影響を及ぼすという証拠がさらに出てきている(Beyond Pesticides の 5月3日の Daily News Blog のパーキンソン病に関する記事を参照)。他の人には影響のない暴露に対して、一部の人が否定的に反応する傾向がある遺伝的要因がある可能性は十分にある。神経変性疾患の研究で使用されている分子生物学と遺伝学的アプローチは、MCS の研究にとって実りある分野となる可能性がある。

 しかし、MCS 患者にとって科学を本当に前進させるには、遺伝子プロファイリングやバイオモニタリングなどの信頼性の高い客観的診断と、効果的で的を絞った治療の 2つが必要である。現在、これらの重要なツールがないため、MCS 患者は、MCS は完全に心理的なもので、したがって社会の問題ではないという主張にさらされている。

 結局のところ、環境や人々の体内にあるすべての工業用化学物質の数と毒性を減らす方が、各化学物質と各疾患を個別に研究し、80,000 種の人為的化学物質だけでなく、30,000 種の遺伝子、少なくとも 200,000 種のタンパク質、および人間の生命が機能するために必要な他の多くの分子の間の非常に複雑な相互作用を解析するという、骨の折れる、政治的に操作可能なプロセスを経るよりも簡単であろう。

 この記事で出典が明記されていないすべての立場と意見は、Beyond Pesticides のものである。

出典


化学物質問題市民研究会
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