Environmental Health Perspectives(EHP) 2017年3月号
あなたの孫の花粉症は? 
欧州におけるブタクサ花粉症の将来をモデル化する

チャールス W. シュミット
情報源:Environmental Health Perspectives, March 2017
Your Grandchildren's Pollen? Modeling the Future of Ragweed Sensitization in Europe
Charles W. Schmidt
https://ehp.niehs.nih.gov/125-A60/

関連論文:Climate Change and Future Pollen Allergy in Europe
Iain R. Lake, Natalia R. Jones, Maureen Agnew, Clare M. Goodess, Filippo Giorgi, Lynda Hamaoui-Laguel,
Mikhail A. Semenov, Fabien Solomon, Jonathan Storkey, Robert Vautard, and Michelle M. Epstein

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2017年5月17日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/ehp/17_03_ehp_Your_Grandchildrens_Pollen.html

 二酸化炭素の大気中レベルの増大と地表温度の上昇にともない、多くの植物は、より速く成長し、より早く花が咲き、より多くの花粉を生成している[原注1]。EHP の今月号で科学者らは、欧州では侵略的外来種であるブタクサ(訳注1)の生育傾向の変化が、欧州における花粉アレルギーの将来にどの様に影響を及ぼすのかを見積った。彼らのモデルに基づく予測によれば、ブタクサ花粉症は欧州大陸では倍増し、2041年〜2060年までに今日の3,300万人から7,700万人となる[原注2]。

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 CO2 は植物の成長に役に立つかもしれないが、もっと成長するということはまた、もっと花粉が増えるということを意味する。いくつかの研究で研究者らは、今後数十年間、欧州でブタクサ花粉症に罹りやすい人の割合(%)を見積もった。出典: Lake et al. (2017)[原注2

 過敏症(Sensitization)とは、人の免疫系がアレルゲン(この場合は花粉)に対する抗体を生成し、そのアレルゲンに再び暴露すると反応することを意味する。再度暴露することにより、過敏な全ての人がアレルギー症状を示すというわけではないが、 ひとつの見積りによれば、少なくとも60%がそのような症状を示す[原注3]。

 主要な温室効果ガスである CO2 は、植物が光合成反応の過程で糖を生成するために必要とする炭素の源である[原注4][原注5]。ブタクサに関する以前の研究は、環境制御された部屋で育てられたブタクサは、CO2 レベルが計画的に高められると、より大きく生育し、より多くの花粉を生成することを示した[原注6]。現場における証拠もまた、温暖化と降水量の増加は北米におけるアレルギー植物の花粉シーズンを長くしているが[原注4][原注7]、欧州でもブタクサの花粉シーズンは劇的に長くなっていることを示している[原注8]。

 その研究は、大気汚染、土地利用、及び気候変動が花粉誘発アレルギー疾患にどの様に影響するかを調査するための全欧州を対象とする取り組みである Atopica プロジェクトによって取りまとめられた。そのプロジェクトは、欧州委員会からの資金援助を得て、2011年に立ち上げられ、2015年にその活動は終了した[原注9]。

 本分析で研究者らは、様々な条件の下で欧州においてブタクサの分布がどの様に拡大しているのかについてのモデル化された予測を利用した[原注12]。彼らは、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)により開発された二つの温室効果ガスのシナリオの下に、欧州大陸全土を網羅する 50 x 50 km の碁盤目上で将来のブタクサ花粉のレベルを見積もるために、これらの分布予測を利用した。これらのいわゆる代表的濃度経路(Representative Concentration Pathways / RCP)(訳注2)シナリオは、2100年までの排出に基づき、温室効果ガスの4つの可能性ある大気濃度(CO2 換算)を予測している。 RCP4.5 シナリオは、2100 年までにレベルは 650 ppm に達し、その後は安定するが、一方 RCP8.5 シナリオは、2100 年までにレベルは 1,370 ppm に達し、その後も上昇し続けることを想定している[原注11]。因みに現在の CO2 の大気濃度は 400 pp である[原注12]。

 最後に著者らは、将来、どのくらいの人々がブタクサの花粉に影響を受けるかを見積もるために、予測される花粉レベルをブタクサ花粉症に関する情報と人口密度に関連付けた。将来の花粉症罹患率は、21世紀の中ごろまで両方のシナリオの下で類似していたので(その後は分岐する)、著者らは RCP4.5 に対応するデータのみ報告した。

 これらの結果は、ブタクサはもっと多くの花粉を生成するので、ブタクサがすでに土着している地域における花粉症患者は増えるように見える。しかし、最大の増加は現在ブタクサがない場所で起きるであろうとウィーン医科大学免疫学部門のアレルギー学者であり、共著者のミシェル・エプスタインは言う。”気候変動により、ブタクサはドイツ、ポーランド、フランスのような新たな地域に拡大することになるであろう”と、彼女は付け加える。”我々の研究は、ブタクサ花粉アレルギーは、現在は稀である地域に拡大して、全ヨーロッパで共通の健康問題になるであることを示唆している”。

 米国・農務省の研究植物生理学者であるルイス・ジスカはその研究を、”気候変動、ブタクサ生態、及び健康を関連付ける大変な努力”と評している。彼は、”ブタクサは欧州では侵入的外来種なので、既知の敵はおらず、したがって、その拡大能力は主に気候によって制限される”と付け加えた。ジスカはこの研究に関与していない。

 ”大きなメッセージは、もし我々が気候変動とそのブタクサ生育への影響を軽減するために何もしなければ、我々はアレルギーの大幅な増大を見ることになるであろう”とエプスタインは言う。”我々は、欧州でそれが大流行するであろうと予測する”。


原注:
1. Ziska LH, et al. Rising CO2, climate change, and public health: exploring the links to plant biology. Environ Health Perspect 117(2):155?158 (2009), doi: 10.1289/ehp.11501.

2. Lake IR, et al. Climate change and future pollen allergy in Europe. Environ Health Perspect 125(3):385?391 (2017), doi: 10.1289/EHP173.

3. Burbach GJ, et al. GA2LEN skin test study II: clinical relevance of inhalant allergen sensitizations in Europe. Allergy 64:1507?1515 (2009), doi: 10.1111/j.1398-9995.2009.02089.x.

4. Zhang Y, et al. Allergenic pollen season variations in the past two decades under changing climate in the United States. Glob Chang Biol 21(4):1581?1589 (2015), doi: 10.1111/gcb.12755.

5. Ziska LH, Beggs PJ. Anthropogenic climate change and allergen exposure: the role of plant biology. J Allergy Clin Immunol 129(1):27?32 (2012), doi: 10.1016/j.jaci.2011.10.032.

6. Ziska LH, Caulfield FA. Rising CO2 and pollen production of common ragweed (Ambrosia artemisiifolia L.), a known allergy-inducing species: implications for public health. Funct Plant Biol 27(10):893?898 (2000), doi: 10.1071/PP00032.

7. Ziska L, et al. Recent warming by latitude associated with increased length of ragweed pollen season in central North America. Proc Natl Acad Sci USA 108(10):4248?4251 (2011), doi: 10.1073/pnas.1014107108.

8. Hamaoui-Laguel L, et al. Effects of climate change and seed dispersal on airborne ragweed pollen loads in Europe. Nature Clim Change 5:766?771 (2015), doi: 10.1038/nclimate2652.

8. Community Research and Development Information Service: Atopica [website]. Luxembourg City, Luxembourg:European Commission [updated 29 August 2016]. Available: http://cordis.europa.eu/project/rcn/1008?80_en.html [accessed 30 January 2017].

10. Storkey J, et al. A process-based approach to predicting the effect of climate change on the distribution of an invasive allergenic plant in Europe. PLoS One 9:e88156 (2014), doi: 10.1371/journal.pone.0088156.

11. van Vuuren DP, et al. The Representative Concentration Pathways: an overview. Clim Change 109:5 (2011), doi: 10.1007/s10584-011-0148-z.

12. NOAA. Trends in Atmospheric Carbon Dioxide. Recent Monthly Average Mauna Loa CO2 [website]. Boulder, CO:Earth System Research Laboratory, National Oceanic and Atmospheric Administration [updated 11 January 2017]. Available: https://www.esrl.noaa.gov/gmd/ccgg/trend?s/ [accessed 30 January 2017].


訳注1
pdot.jpg(788 byte)ブタクサ/ウィキペディア

訳注2
pdot.jpg(788 byte)RCP(代表的濃度経路)シナリオについて/文部科学省
 RCPシナリオでは、シナリオ相互の放射強制力が明確に離れていることなどを考慮して、2100年以降も放射強制力の上昇が続く「高位参照シナリオ」(RCP8.5)、2100年までにピークを迎えその後減少する「低位安定化シナリオ」(RCP2.6)、これらの間に位置して2100年以降に安定化する「高位安定化シナリオ」(RCP6.0)と「中位安定化シナリオ」(RCP4.5)の4シナリオが選択された。”RCP”に続く数値が大きいほど2100年における放射強制力が大きい。

pdot.jpg(788 byte)論文誌Climatic Changeに掲載されたIPCC第5次評価報告書に向けた代表的濃度パス(RCP)シナリオについて(お知らせ)/平成23年9月26日 国立環境研究所



化学物質問題市民研究会
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