ローウェルセンター向けピュアー・ストラタジー報告書 2005年4月
デカブロモジフェニルエーテル(Deca-BDE):
電子機器容器と布製品におけるノンハロゲン代替品調査

エグゼクティブ・サマリー
情報源:Decabromodiphenylether: An Investigation of Non-Halogen Substitutes
in Electronic Enclosure and Textile Applications
Prepared by Pure Strategies, Inc. April 2005

for The Lowell Center for Sustainable Production
University of Massachusetts Lowell

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2006年4月29日

エグゼクティブ・サマリー
 この調査は、電子機器容器と布製品に最もよく使われている難燃剤デカブロモジフェニルエーテル(Deca-BDE)のノンハロゲン代替品を検証するものである。代替品の探求は、いくつかの政府、科学者、及びその他の関係者により提起されている Deca-BDE の潜在的なヒトの健康と生態学的な影響への懸念、及び多くの製造者らの適切な代替品を見つけたいという願望に動かされたことによる。この調査の目的は下記の通りである。
  1. アメリカにおいて Deca-BDE を使用している主要な産業分野を特定すること
  2. 火災安全基準に合致する電子機器容器と布製品の代替難燃剤と物質を特定すること
  3. それらの代替品の入手可能性を評価すること
  4. それらの代替品が現在商業的に用いられている事例を描写すること
  5. データがある場合、それらの代替品のコストを評価すること
 この報告書は、製造者、政府当局、及び公衆と環境の健康を唱導する人々の要求に対応して Deca-BDE のノンハロゲン代替品に焦点を当てている。難燃剤の暴露及び、人と環境への毒性に関する論文の詳細な検証を行うことはこの調査の範囲を超えている。それにもかかわらず、代替品の健康と生態系へのリスクについての徹底的な熟慮はどのような代替の場合でも重要である。この調査の範囲は、電子機器容器と布製品における Deca-BDE の使用に対する既知のノンハロゲン(訳注1)代替品について取りまとめることに限定されている。

訳注1:ハロゲン
第17族に属する元素の総称で、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素、アスタチンからなる。
解説:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

Deca-BDE の用途
 アメリカでは Deca-BDE の約80%の用途は電子機器の容器であり、その大部分はテレビの背面と前面のプレートとと考えられている。概略10〜20%が布製品に使用されている。Deca-BDE の残りの用途は、ゴム製品、電線とケーブル、及びわずかな紙、ミネラルウール、コネクター、その他の用途である。

1.1 電子機器の容器

 アメリカでの Deca-BDE の主要な用途は電子機器であり、その主な用途はテレビの背面を覆うために用いられる黒のプラスティック製容器である。Deca-BDE がテレビに使用されるのは、安価な耐衝撃性ポリスチレン(HIPS)と非常に相性がよく、安価で非常に効率的な難燃剤だからである。テレビの容器の中で、黒色プラスチック・パネル、ある場合にはフロント・パネルは Deca-BDE HIPS からできており、それは重量で約12%の Deca-BDE と三酸化アンチモン(ATO)を含み、Deca-BDE と ATO の比は概略3対1である。Deca-BDE HIPS は時には他の電子機器容器に用いられる。この調査はテレビの容器の代替に焦点を当てるが、その結果は Deca-BDE と HIPS を使用した容器に広く適用できる。

 電子機器容器のための主要な火災安全基準は、UL 94 構造規格である。UL 94 構造規格は、水平燃焼試験に関するUL 94 HB(最低基準)から連続的垂直燃焼試験に関するもの(Class UL 94 V-2, V-1, V-0 and 5V)まである(訳注2)。Deca-BDE は一般的 にV-0 又はそれ以上の高い難燃性を要求する容器に使用される。Deca-BDE を用いた構成要素の代替のためのデフォルト基準はほとんど常に V-0 である。

訳注2:、UL 94 構造規格
プラスチック材料の燃焼性試験規格
解説:技術資料:ULについて/星和電機株式会社

 いくつかの容器製造者らは製品を再設計して電圧供給を発火可能なプラスチックから分離することができた。これらの製品は技術的に UL 基準を満たすので、アメリカの製造者および一部のヨーロッパの製造者らは外部点火源から守るための容器の難燃性を保っている。

Deca-BDE 電子機器容器のノンハロゲン化の代替品
 最もコスト効果のある Deca-BDE HIPS のノンハロゲン化代替品は樹脂の変更とリン系難燃剤の使用にかかわる。最もコスト効果のあるノンハロゲン化代替品は下記を含む:
  • ポリカーボネートと アクリロニトリルブタジエンスチレンの混合物(PC/ABS)
  • ポリカーボネート(PC)
  • 耐衝撃性ポリスチレン(HIPS)とポリフェニレンオキシドの混合物(HIPS/PPO)
 金属、木材、ポリ乳酸ベースの容器などその他の代替品も可能であるが、コストと機能の点で広く採用はされていない。上記3つの代替樹脂はアメリカでは様々な分野で広く使用されている。3つの代替品のうち HIPS/PPO だけが100%ハロゲン・フリーである。PC/ABS と PC は、防滴性を得るために一般に非常に微量のフッ素ポリマー(約0.3%)を含んでいる[1]。

原注[1]:
 本報告書では、PC/ABS と PC は"ハロゲン・フリー"として参照される。この言葉は、微量のフッ素ポリマーを含有する樹脂であっても難燃剤には適用する。

 Deca-BDE HIPS に対する4番目の代替は ABS 樹脂であるが、この樹脂は V-0 等級を達成するためには臭化難燃剤が必要である。表1 は3つの主要なノンハロゲン代替品をまとめたもので、樹脂系、難燃剤、及び適用例を示す。表1 にはまた、ポリ乳酸(PLA)を示す(訳注3)。これは、将来を嘱望される100%ハロゲン・フリーのバイオ・ポリマーであるが、商業化にはまだ早い。

訳注3:ポリ乳酸(PLA)ベースの容器
ポリ乳酸を主成分とする合成樹脂製の器具又は容器包装に関する食品健康影響評価(案)

表1:Deca-BDE 代替 電子機器容器
樹脂 難燃剤 適用例
HIPS/PPO Resorcinol bis diphenyl phosphate
(RDP)
・全欧州で使用−EUのテレビ市場で概略20,000トン
PC/ABS Bis-phenol A diphosphate
(BPADP)
・シャープ AQUOS LCD TV
・フィリップス flat panel TV
PC Phosphate esters ・アップル PCモニター
・フィリップス プラズマTV 前面
PLA Metal hydroxide NEC (開発中の製品のみ)

 電子機器容器のための様々な難燃性の非結晶性(アモルファス)プラスチックのコストは、最も安い難燃剤 HIPS から最も高い HIPS/PPO 混合まで非常に差が大きい。樹脂容器の原材料コストは、樹脂そのもののコスト、難燃剤のコスト、及び生産規模による値段設定など多くの要素に依存する。これら代替品のコストは、1ポンド当たり0.87〜0.98ドルである Deca-BDE HIPS より、1ポンド当たり0.40〜1.00ドル高い。これらのコストを実際の商品で見ると、Deca-BDE HIPS ではなく PC/ABS を用いた、約300ドル(3万3,000円)で売られている 27型テレビでは、概略4.40〜7.50ドル、あるいは全購入価格の1.5〜2.5%を占める。これらのコストは原材料コストだけであり、エネルギー使用、生産高、サイクルタイムなどによる増減コストなどは含まれていないことに留意すべきである。

まとめ

 アメリカの大部分のテレビの容器は Deca-BDE HIPS で作られている。多くの電子機器メーカーは Deca-BDE から離れている。例えば、ヨーロッパでは、Deca-BDE はテレビの容器には使用されていない。もしアメリカに市場ニーズがあれば、ほとんど全ての製造者は、火災安全基準に合致する Deca-BDE フリー製品の要求を満たす技術とノウハウを持っている。

1.2 布製品

 布製品は、本調査で検証する Deca-BDE の第二の主要な用途である。現在は限られた数の代替品しかない電子機器容器とは異なり、布製品には適用できる多くの異なる難燃剤、繊維、及びバリヤーがある。そのために布製品用の代替品を取りまとめるのに苦労する。

 アメリカでは、Deca-BDE 使用の概略10〜20%は布製品産業である(Hardy 2003)。アメリカ有害物質排出目録(TRI)によれば、主要な布製品用 Deca-BDE の使用産業は、マットレス、カーテン、商業用布張り家具、輸送機関(自動車、飛行機)のようである。布製品中でDeca-BDEを使用しているその他の産業は、テント、日よけ、及び関連する繊維産業である。

火災安全基準

 難燃性布製品の使用に拍車をかける国家、州、及び自主制定の数多くの火災安全基準が存在する。これらの中で最も重要なのは、カリフォルニア州家庭備品断熱局(CA BHFTI)及び消費者製品安全委員会(CPSC)によって公布された基準である。歴史的に難燃基準はほとんどが”たばこ型”の点火源に対応するために開発された。CPSC は2005年1月にマットレスの基準を提案し、現在家具とベッドの規制案を検討中である。CPSC によれば、難燃剤化学物質の全使用量は、もしそのような規制が最終的に決まれば、幾分増大すると推定されている(CPSC 2005)。Deca-BDEは、これらの基準を満たして使用される多くの潜在的な難燃剤のひとつである。

 Deca-BDE は、一般にはアクリル樹脂又はエチレンビニルアセテート共重合体中にアンチモンを含むコーティングとして布の裏に用いられる。裏地コーティング手法は、家具、カーテン、マットレスなど前面の審美性が非常に重要な布製品に用いられる。布製品中の Deca-BDE を代替するための戦略には、燃料負荷を削減するための製品再設計(すなわち泡状物質の使用排除)、難燃剤化学処理、本質的に不燃な布、バリア層などがある。

燃料負荷を削減

 製品のの燃料負荷を削減している製造者の例は限られている。例えば、ハーマン・ミラー社のアーロンチェアーのような布製オフィッス・チェアーはポリウレタン・フォームを含んでいない。燃料負荷を高めずに快適さを提供することは家具産業界の潜在的な研究と革新を求める領域である。

化学処理による Deca-BDE 代替

 綿、ウール、レーヨン、麻のような天然繊維に化学的にDeca-BDEを用いたいくつかの代替品が市場で入手できる。ノンハロゲン Deca-BDE 代替繊維の最もよくあるタイプには、Nメチロール(dimethylphosphono)ホスホン酸(propionamide)、及びテトラキス(hydroxymethyl)ホスホニウム(又は塩化)の尿素化合物がある。

 アクリル、アセテート、ナイロン、及びポリプロピレンのような合成織物に、Deca-BDE のようなハロゲン化難燃剤がアクリル系ポリーマー・コーティングに使用されるかもしれない。いくつかの Deca-BDE 代替は市場で入手可能かもしれないが、その水溶性と洗濯で洗い流される傾向があるために、それらは耐久性がないのでドライクリーニングが必要かもしれない。ある応用例では天然素材はハロゲンなしでも難燃性を持たせることができるので、天然素材と合成繊維を混合したものを用いることができるであろう。

難燃性繊維

 本質的に難燃性の繊維は、高い耐久性が求められる合成繊維の Deca-BDE 代替として使用することができる。ある合成繊維は紡績プロセスの間にノンハロゲン添加物を加えることによって本質的に難燃性のものを製造することができる。よくある例は、ポリプロピレン及びポリエステル繊維中でのリン系添加物の使用である。

 ある難燃性繊維は、ベースとなるポリマ−が本質的に難燃性なので難燃剤の添加を必要としない。それらは伝統的に高性能衣服(例えば消防士の防火服)に用いられてきたが、最近ではマットレスと布張り家具に用いられている。ノンハロゲンの例には、メラミン、polyaramides、炭化アクリル、及びガラスがある。ハロゲン化の例にはモダクリル繊維、polyhaloalkenes がある。本質的難燃性と難燃性が劣る繊維との混合はコスト、快適性、及び難燃性の目標とのバランスで用いられる。

ファイアー・バリアとラミネート

 ファイアー・バリアは Deca-BDE のもうひとつの代替アプローチである。製造者はファイアー・バリア技術を表面布地と家具やマットレス構造の内部フォーム・コアとの間に使用する。製造者はまた、火災基準に合致するよう布地の裏に熱的又は機械的に難燃性ラミネートを接合する。

 代替アプローチをより深く検証するために、本調査では火災安全基準に合致するために Deca-BDE を使用している3つの製品の応用例を調べる。マットレス、布張り家具、及びカーテンである。

マットレス

 Deca-BDE は伝統的にマットレス布地(ticking と呼ばれているいるもの)を難燃性とするために用いられてきた。リン酸エステルをベースとするノンハロゲン代替は市場で入手可能である。カリフォルニア州で売られる製品や、看護院、病院、刑務所などの団体施設で使用される製品がもっと厳しい火災安全基準に合致するために、製造者らはファイアー・バリアを生み出した。消費者製品安全委員会(CPSC)によれば、Deca-BDE はマットレス布地での使用の候補として示唆されたが、CPSC が提案したマットレス基準(CPSC 2005)に合致するよう使用できそうにない。今日、市場には、Deca-BDE 又は他の臭化難燃剤を使用せずに、最も厳しい open-flame flammability codes に合致するマットレスが数多く出ている。例えば、レストニック・マットレス社のコンフォートケア・マットレスは、カリフォルニア州の厳格なマットレス火災安全基準に合致したノンハロゲンの本質的難燃性樹脂を使用している。

布張り家具

 布張り家具は、布地、クッション、フレーム、バリアー層など多くの複雑な構成要素からなっている。住居用布張り家具のための火災コードに合致するために、化学的難燃剤は必ずしもパネルと布地に求められるわけではない。しかし、カリフォルニア州で売られている、又は高層オフィス・ビル、ホテル、その他の公共の場所の団体施設用の内張り家具には、ある合成布地が Deca-BDE により処理されている。事務所や商業用家具での Deca-BDE の代替には、ノンハロゲンのリンを化学的にコーティングした難燃性システムやマットレス産業で使用されているようなファイアー・バリアの使用がある。

カーテン

 公共の場所で使用される垂れ幕やカーテンはある難燃性基準に合致することが求められる。垂れ幕製造者らはこれらの要求に合致するために、Deca-BDE のような化学的仕上げ及びポリエステルのように本質的に難燃性繊維の両方を使用している。天然繊維布地、及び天然/合成の混合品は難燃化が最も容易であり、いくつかの会社は Deca-BDE システムの代替としてリン系難燃剤を用いて市場に製品を出している。アクリル、アセテート、ナイロン、ポリプロピレンのような合成繊維は、これらのあるものは紡績処理プロセスの過程でリン酸エステル系の化合物を添加することで難燃性を得ることはできるが、難燃性処理は難しい。

コスト

 文献には Deca-BDE 代替品に関するコスト情報はほとんどない。製造者からのデータによれば、Deca-BDE の化学的適用代替はポンドあたり概略2〜2.5倍高い。しかし代替繊維、本質的難燃性繊維、及びファイアー・バリアの使用の値段は適用条件で非常に異なり、企業はコスト情報を非常にガードするので、代替コストを一般化して議論することは難しい。

まとめ

 マットレス、布張り家具、カーテンのような製品には、注意深く組み合わせれば Deca-BDE の使用を代替することができる多くのノンハロゲン化繊維、布地、化学処理、及びバリア製品の選択肢がある

1.3 結論

 これらの応用についての文献のレビューと産業界の専門家とのインタビューに基づくと、今日、Deca-BDE に対する多くのノンハロゲン代替物が市場で入手可能である様に見える。表2は、電子機器容器と布製品の二つのグループの代替可能性とコスト比較をまとめたものである。これらの結論は代替品の入手が可能かどうかについてであり、それらの潜在的な人及び環境へのリスク評価は含んでいないことを留意すべきである。

表2:商業的に入手可能なハロゲン・フリーの物質と製品
製品 商業的
ハロゲン・フリー物質
商業的
ハロゲン・フリー製品
BFR含有物質との
コスト比較
電子機器容器 入手可能 入手可能 高価
家具類
(マットレス、家具、カーテン)
入手可能 入手可能 条件により
非常に異なる


 電子機器容器の場合には、代替樹脂システムと難燃材はよく知られている。ヨーロッパの製造者とアメリカでも増加しつつある製造者らはこれらのシステムについてよく知っている。若干高めのコストと法的規制がないことがアメリカでの採用が限定されている理由である。

 布製品の場合には多くの代替の可能性がある。それらには、代替難燃剤、代替繊維、本質的難燃繊維、バリアー層、ラミネートと不織布などがある。調査した3製品については、化学的難燃剤の適用と本質的点火耐性繊維が Deca-BDE の代替を可能とする。


訳注:参考資料
Greens/EFA 2006年1月10日/臭素化難燃剤 Deca-BDE 欧州委員会の禁止解除に議会が提訴

非臭素系難燃材料データブック/平成15年3月 新エネルギー・産業技術総合開発機構

非臭素系難燃材料調査研究/社団法人産業環境管理協会、学校法人芝浦工業大学

ダイオキシンを発生させない素材・製品開発/特許庁

エコマーク認定における難燃剤の使用について/財団法人日本環境協会




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