ナノの世界へようこそ
ナノテクノロジーと不可避の予防原則 ピーター・モンターギュ 情報源:Welcome to NanoWorld Nanotechnology and the Precautionary Principle Imperative By Peter Montague The Precautionary Principle - Multinational Monitor, Sept 2004, Vol 25, No 9 訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会) http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/ 掲載日:2005年11月6日 このページへのリンク: http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/precautionary/mn_monitor/nanotech_pp.html ナノテクノロジーあるいはナノテクは、肉眼でも、またほとんどの顕微鏡でも見ることができない非常に小さいものを取り扱う製造技術に対する新しいアプローチである。 ナノテクの名前はナノメートルに由来するが、それは長さの単位であり、10億分の1メートル、1000分の1マイクロメートルである。オックスフォード英語辞典によれば、ナノテクノロジーは、”技術の一分野であり、寸法と許容誤差が100ナノメートル以下のもの、特に原子や分子の操作などを取り扱う”と定義している。ナノテクは一粒の砂が巨大(直径10億ナノメートル)となるような領域を扱う。人の髪の毛は200,000ナノメートルの太さである。赤血球細胞は10,000ナノメートルである。ウィルスは100ナノメートルくらいであり、最も小さな原子(水素)は0.1ナノメートルである。 50ナノメートル以下の領域では最早物理学の一般原則は適用されず、量子科学が入り込んできて、物質は驚くべき新たな特性を帯びる。赤いものが今では緑になるかもしれない;金属は透明になり、したがって目に見えなくなるかもしれない;伝導性のなかったものが電流を通すようになるかもしれない;磁性のなかったものが磁性を帯びるようになるかもしれない;溶解しなかった物質が溶解するようになるかもしれない。物質の特性を全て知っていてもナノスケールでは全く役に立たないので、危険な特質を含めて全てのナノ物質の特性は改めて直接的な実験により確かめられなくてはならない。 ナノテク技術者は、個々のアトムが数千の有用な新たな製品に組み上げられていくので、我々が生きている間に世界中を席巻する第二次産業革命を予見している。新たな製品が新たな危険性を伴うかもしれないということを否定する人はほとんどいないが、ほとんどのナノ技術者は既存の規制は生じるかもしれないどのような危険の管理のためにも適切であると言う。アメリカでは現在、ナノテクはどのような規制の対象にもなっておらず、ナノ製品はその表示をすることすら求められない。さらに、ナノ物質に対して一貫した学術名称が開発されていないので、規制担当者と政策立案者の間でナノテクの厳密な議論がいまだに可能でない。一貫した名称なくしては標準化された安全テストは将来のことになる。 ナノテクが現実的な便益を生み出すことについては誰も否定しないが、原子力、バイオテクノロジー、そして化学産業の歴史に基づけば、そこに存在する懐疑は予防的アプローチを必要とする。哲学上の衝突− ”後悔するより安全の方が良い” 対 ”冒険しなければ何も得られない”、さらにある場合には、”憎っくき水雷め、全速前進だ! (訳注:南北戦争のモービル・ベイの海戦におけるファラガット提督による命令)” −から引き出される結果が、革新をマネージする新しい手法として予防原則を提案するといっても差し支えない。 ”世界平和、万人の幸福” 急速なナノテク開発の圧力は大変なものである。ナノスケールでの物質の驚くべき特性は、工業的適用の宇宙と企業家の夢を大きく切り開いた。ほとんど知られていないが、ナノサイズの粒子を含んだ数千の製品が既に市場に出ている。雨が降っても自己洗浄する非常に滑らかな金属表面と塗料;コンピュータ画面、ディジタルカメラ、携帯電話用の有機LED;超小型データ記憶素子(連邦議会図書館の情報を角砂糖サイズのメモリーに収納);特殊潤滑材;長距離車両用タイヤ;自動車フェンダー用ナノ強化プラスチック;軍用軽量装甲板;無反射キズ耐性サングラス;超滑性スキー用ワックス;強力テニスラケットと長期耐用テニスボール;100年間画像保持のインクジェット写真用紙;医療診断用高コントラストMRIスキャナー;効率的な薬剤とワクチン投与システム;ビタミンのスプレー噴射;チタン又は亜鉛のナノ粒子を含む目に見えない日焼け止め軟膏;しわ止め化粧クリーム、等々。 これはまだ序の口である。ナノテクは個々の分子をソフトウェア的に制御することが発明された1980年代及び1990年代の初めまでは存在しなかった。ナノ粒子、ナノチューブ、及びバッキーボール(バックミンスター・フラーにちなんだ名前)は現在、産業用途でトンのオーダーで製造されている。現在、技術者らは、自然の最も見事なナノ工場である生体細胞を有用な新たなナノ部品として育てるために、うまく扱うよう熱狂的に取り組んでいる。ナノテクノ分野はゴールドラッシュ心理のようなアプローチによってひきつけられているといっても誇張ではない。世界中で政府は年間、推定30億ドル(約3,3000億円)をナノテク研究に費やしており、プライベート・セクターも少なくとも同じくらいは投資していると考えらる。アメリカ政府だけでも今後4年間でナノ研究開発に37億ドル(約4,000億円)を使うであろう。世界のナノ製品市場は10年以内に1兆ドル(約110兆円)に達すると予測されている。 しかしナノテクを推進するある人々にとっては、このことはお金以上のことである。それは、人間を含めて、現存する世界全体を徹底的に作り直そうとするものである。アメリカ国立科学基金によれば、ナノテクノロジーは、NBIC 、すなわち、ナノテク(N)、バイオテク(B)−遺伝子操作、インフォテク(I)−コンピュータ、及びコグノテク(C)−(cogno tech 認知科学)の礎石である。国立科学基金と商務省後援による報告書の中で、この革命を推進している技術者と政治家は、ナノテクは ”世界平和と万人の幸福、そしてより高いレベルの他人への思いやりと偉業” を約束するものなので、将来の人類にとって非常に重要なものであると述べている。彼らは、それは ”農業の発明と産業革命に匹敵する歴史上の分水嶺” かもしれないと述べている。これの革命の最終的な狙いは、少なくとも400年の間、明示的に掲げられた人間の目標、すなわち、 ”自然の征服” と人間の能力の強化であった。 他にも何かを提案しているかもしれないが、ナノテク革命は、既存の産業のことごとくを変え、さらには新たなものを作りだす可能性を持つ産業製品への急進的な新しいアプローチをともなう。今日の典型的な製造は、最も薄いコンピュータ回路であっても、 ”トップダウン” 技術、すなわち素材の塊から機械加工又はエッチングにより製品を作りだす技術に依存している。例えば、トランジスターを作る共通的技術はシリコンの塊から始まり、不要な部分を取り除くためにエッチング(腐食)処理が行われ、その後に浮き彫りにされた回路が得られる。この ”トップダウン” 手法による構築では望ましい製品が得られるが廃棄残渣も出る。 それとは対照的に、ナノテクでは、原子をソフトウェア制御の下に操作する、−又は理想的な場合には生きた細胞が自己増殖するように自己組み立てを行う−ことで何も後に残さずに廃棄物ゼロで望ましい形状を作り出す ”ボトムアップ” 構築が可能となる。テーブルを作るために木を切り倒して丸太にする代わりに、なぜ直接テーブルを育てないのか? このようにして、ナノテクは廃棄物ゼロの製造を、したがってよりクリーンな環境を提供するように見える。さらに、ナノテクは過去の汚染を修復するかもしれない。米環境保護局(EPA)は、20世紀の石油をベースとした化学の実験が残した有害廃棄物の山を解毒するために、環境中にナノ粒子を放出する研究に資金を出している。 ナノテクの将来を安全なものにすること それにもかかわらず批判家は、ありそうな便益は否定しないが、ナノテクの潜在的な問題点を明らかにすることを望んでいる。
ナノ粒子の表面反応性は、”不安定”な電子の数(少な過ぎる/多過ぎる)を含む原子である”フリーラジカル”を生じる。フリーラジカルは近くの原子と電子を交換し、さらに不安定状態を作り出し、カスケード効果を誘発する。フリーラジカルは炎症と組織ダメージを引き起こし、腫瘍の成長のような深刻な害を起こす。一方、あるフリーラジカルは有益である。したがって、フリーラジカルを生成するナノ粒子の役割は明確にされる必要がある。
スイス・リー社は、過去には、急速な技術的革新への推進力が、”20年間以上にわたって、新たな技術に関連して予防原則を導入することを阻んできた”と述べている。しかし現在は、”ナノテクノロジーの確立によって引き起こされるかも知れない社会に対する危険性という観点から、そしてもし、科学界に現在広がっている不確実性が存在するなら、予防原則がその困難に対し適用されるべきである”。スイス・リー社は、”予防原則は、現在の科学が知識の欠如の下で確認も拒絶もできないリスクの可能性に直面したときに、予防的措置の予防的導入を求めるものである”と主張している。 予防はナノテクのように急速に発展している分野でどのように見えるであろうか? 英国王立協会と王立エンジニアリング・アカデミーは2004年7月にナノテク報告書を発表し、次のような理由を持って一連の予防的措置を勧告した。 訳注: ナノ科学、ナノ技術:機会と不確実性−要約と勧告/英国王立協会・王立技術アカデミー報告(当研究会訳)
王立協会は安全に関する情報生成の責任を公衆ではなく、産業側に置いている。”製品中にナノ粒子とナノテューブを含むそれらのの幅広い使用が予測される。・・・我々は、製品の寿命が尽きるまでを含む全ライフサイクルを通じて、製品から放出するナノ粒子を評価する責任は産業側にあり、産業側はその情報を当局の規制担当が入手できるようにしなくてはならない”。そのような勧告から、産業化学物質に対する欧州連合の予防的提案である REACH (化学物質の登録、評価、認可)が最も近いところに位置している。そこでは”データのないものは市場に出さない(No data, no market)”としている。 王立協会は、化粧品中での酸化亜鉛ナノ粒子と酸化鉄ナノ粒子の使用は安全性評価を待つべきであると勧告している。言い換えれば、これらの製品に一時停止が勧告されている。同様に、”アメリカで実験されている汚染物質改善のために環境中に人工のナノ粒子を排出することは、便益とともに潜在的なリスクが十分に評価された情報が入手可能となるまで禁止されるべきである”としている。 予防原則は、時には”未来への配慮(foresight)(訳注)”の原則であるといわれる。重要なことは王立協会の報告書はナノテクノロジーとその他の全ての新たな技術に対して、”未来への配慮(foresight)”を認めていることである。 訳注:未来への配慮(foresight) レイト・レッスンズ−14の事例から学ぶ予防原則/欧州環境庁 編/松崎早苗 監訳/七つ森書館 監修者のことば356ページ ”我々の調査は、ある緊急度をもって目を向けられる必要のある重要な問題を特定した。したがって政府は、新たに出現している技術に目を向け、潜在的な健康、安全、環境、社会、倫理、そして規制の問題が持ち上がるかもしれない領域をできる限り早い段階で特定し、それらにどのように対処するかについて勧告するために、広範な利害関係者の代表を集めたグループを設立することが重要である”。そのグループは、”規制がこれらの技術の特定な適用に対して不適切である領域を早期に警告しなくてはならない”としている。 そして最後に、”このグループの作業は、全ての関係者が新たに出現しつつある問題に対して関与することを奨励できるよう、公開されなくてはならない”。 ナノテクは、新たな産業革命を誘発しているだけでなく、革新をマネージするための従来のアプローチとは逆の、予防的行動への方向転換を求めている。 予防的アプローチの背後にある勢いがナノテクの背後の責任−出現しつつある産業界ロビーと連合する政府や技術信奉者の責任−を方向転換することができるかどうかは不確かである。 ピーター・モンターギュ(Peter Montague)は、ニュージャージー州ニューブランズウィックに拠点を置く”環境研究財団(Environmental Research Foundation)”の代表であり、レイチェル環境健康ニュースの編集者である。 訳注:参考サイト ![]() Nano’s Troubled Waters By ETC Group ![]() Nanoscience and nanotechnologies: opportunities and uncertainties - summary and recommendations The Royal Society & The Royal Academy of Engineering |