クジラの汚染はどうなっているか?第1回
"妊婦は2ヶ月に1回以下"の肉もある
厚生労働省は、2003年6月と2005年8月に、「水銀を含有する魚介類等の摂食に関する注意事項」を発表しました(05年は改訂版)。これは、各種の魚、貝、クジラ、その他水産動物(イカなど)について厚生労働省等が行った分析をもとに発表された注意事項ですが、その内容とは、摂食の頻度について妊娠している人へ注意を促すものでした(右囲み)。
イルカやクジラの肉の利用は地域差もありますが、妊娠している人が2ヶ月に1回しか食べてはいけない濃度で水銀汚染された肉(イルカ肉)食品が一般に流通しているということが、この"注意"から分かります。
ところが一方で、給食に使われたり、"アレルギー・アトピーに優しい"と宣伝されたりするケースもあり、消費者が自身で判断できるような情報が本当に伝わっているのか疑問があります。
また、厚生労働省のこの注意事項が発表された直後、WHOが水銀の摂取限度レベルを引き下げました。それに日本はどう対応したのか、クジラ・イルカ肉汚染の追跡調査の状況や、消費者への情報提供がどうなされてきたか、表示の問題は解決されたのかなどを3回(予定)にわたってみていきたいと思います。
今回は厚生労働省の報告書の概要紹介と、おなじ時期に国内で行われた海洋哺乳類の化学物質汚染に関する分析研究を紹介したいと思います。
■クジラとイルカの生物分類上の違い
その前に、クジラとイルカの基本的なことを少し説明しましょう。
クジラとイルカは同じクジラ目に属し、生物分類上の明確な違いはありません。クジラ目はヒゲクジラとハクジラとに分かれます。ヒゲクジラはオキアミや小さな魚を海水と共に口の中に入れ、上顎の"ヒゲ"でこして呑み込みます(シロナガスクジラ、ナガスクジラ、ニタリクジラ、ミンククジラ、ザトウクジラ、セミクジラ等)。ハクジラは歯でイカや魚をとらえて呑み込みます(マッコウクジラ、アカボウクジラ、ゴンドウクジラ、マイルカ、ネズミイルカ、カワイルカ等)。
ヒゲクジラは小さな生物を食べているので汚染が低く、ハクジラはそれより大きな魚等を食べるので汚染が高くなる傾向にあります。イルカは後者に属します。テレビや水族館のショーなどでよく見かける「イルカ」はバンドウイルカやマイルカです。
■"注意事項"のもとになった調査
これらのイルカやクジラに関する03年の注意事項の基になった調査を見てみることにしました。その一つは、「鯨由来食品のPCB・水銀の汚染実態調査結果」(2003年1月)です。
【厚生労働省の実態調査のまとめから】
◆ PCB及び水銀によるクジラの汚染濃度は、クジラの種類や部位による違いが極めて大きく、中には規制値を超えているものもある。
(編集注:一般市場にも多く流通している南極海ミンククジラは、どの部位も規制値の10分の1以下。しかし、沿岸の小型クジラ漁やイルカ漁が対象としているハクジラ類やマッコウクジラは、脂皮では主にPCBが、筋肉では主に水銀がともに高く蓄積されており、これらは、国の暫定的規制値を大きく上回ることが確認された)。
◆食用に適当な種類と部位、あるいは適さない種類と部位を明らかにする必要がある。
◆生原料としてのミンククジラなどヒゲクジラ類の赤肉はPCB及び水銀汚染も少なく、食用にできると考えられるが、特にハクジラ類の皮部や内臓は汚染が多く、食用とするには何らかの摂食指導が必要と考えられる。
◆クジラは加工品として食べられることが多いが、加工品にもPCBあるいは水銀汚染濃度の高いものが見られる。
◆市販のクジラ製品のクジラの種類について正確な表示がなされているのは全体の16〜25%に過ぎず、表示の改善を強く指導すべきである。
(報告書は概略のみ下記URLで公表されている。http://www.mhlw.go.jp/houdou/2003/01/h0116-4.html)
次に、厚生労働省調査と同じ頃に発表された国内の大学の研究結果(赤身肉、サンプル数199)についてもみてみましょう。
日本の食品市場で流通しているクジラとイルカの赤身肉の水銀汚染のレベル
(北海道医療大学:阪田 正勝 遠藤 哲也、第一薬科大学:原口 浩一 2003年)
表1.ハクジラ類の赤身肉中の総水銀濃度
総水銀の濃度分布(ug/wet-g
クジラの種類 | サンプル数 | 総水銀の濃度分布 (ug/wet-g) |
イシイルカ | 17 | 0.52〜2.51 |
ツチクジラ | 60 | 0.43〜6.46 |
マダライルカ | 3 | 4.28〜5.02 |
ハナゴンドウ | 15 | 1.70〜20.3 |
シワハイルカ | 2 | 2.01 および9.8 |
コビレゴンドウ | 23 | 1.33〜23.1 |
バンドウイルカ | 9 | 2.36〜22.5 |
スジイルカ | 5 | 1.04〜63.4 |
オキゴンドウ | 3 | 273〜81.0 |
表2 ヒゲクジラの赤身肉の総水銀濃度
クジラの種類 | サンプル数 | 総水銀の濃度分布 (ug/wet-g) |
ミナミミンククジラ | 22 | 0.01-0.08 |
北太平洋ミンククジラ オホーツク系統群 | 13 | 0.01-0.54 |
北太平洋ミンククジラ 日本海側の系統群 | 10 | 005-0.14 |
ニタリクジラ | 10 | 0.03-0.22 |
ナガスクジラ | 6 | 0.03-0.224 |
イワシクジラ | 2 | 0.01-0.03 |
(中央値・標準偏差は省略)
出典: Mercury concentrations in the Red Meat of whales and dolphins marketed for human consumption in Japan, The Environmental Sciencec & Trchnology 2003,37,2681-2685
日本の沿岸や南極および北太平洋で捕獲されるさまざまなクジラやイルカなど鯨類赤身肉が、日本の食品市場で流通している。この研究では日本で最もよく流通している鯨類の赤身肉に含まれる総水銀について調査した。
また、種類を明示せずに販売されているものの情報を得るために、DNA調査も行った。遺伝子分析によって9種類のハクジラ、6種類のヒゲクジラが日本の食品市場で販売されていることがわかった。
ハクジラ類の赤身では総水銀の濃度は05.2ug〜81ug/wet-g(湿重量g、サンプル数137)で、全てのサンプルで日本政府の設定した水産食品の総水銀汚染に関する暫定的な許容レベルの上限0.4ug/wet-gを超えていた。最も濃度の高かったのはオキゴンドウで(81ug/wet-g)、それに次ぐ濃度だったのはスジイルカ(63.4ug/wet-g)である。これらの総水銀の濃度を前記の許容レベルと比較すると、それぞれ約200倍、160倍であり、頻繁にハクジラ類の赤身を摂取すると慢性的なメチル水銀中毒となりかねないことを示唆している。
総水銀濃度レベルは北方より南方で捕獲されたツチクジラやコビレゴンドウといったハクジラ類で高く、これは恐らく海水そして/または南方域で餌としている生物(イカや魚)の汚染を反映したものであろう。一方、ヒゲクジラの赤身サンプルでは、一つを除いて他全てが総水銀の許容量を下回っており(0.01〜0.54ug/wet-g サンプル数62)、それは恐らく餌の栄養段階が低い(食物連鎖の低次にある生物を餌としている)ことを反映していると考えられる。
(関根彩子/化学物質問題市民研究会)
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